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やめ創価の感じる『創価学会の常識は非常識』②祈りは必ず叶う

「祈りは必ず叶います」
SNSでのこういう発信を見てしまいやめておけばいいのに反論してしまいました。この手の論争でバリバリに信じている人たちに何を言っても無駄であるというのは自分自身を振り返って身に覚えしかないのに…

私自身も、多分2016年くらいまではマジで「祈りとして叶わざるなし」だと信じていました。自分の人生を振り返っても、その時々で一番いい結果につながっていると。
しかしこの「後から振り返って一番いい結果になっている」というのはなかなかやっかいな言葉です。だってその時一生懸命祈っていたことが叶わなくても、「後から振り返って…」と言われれば信心強情≒洗脳深い3世いまわかとしてはそれ以上何も言えなくなってしまう。
それどころか、いつのころからか自分の思うような結果が得られなかった時・願いが叶わなかった時、3世いまわかは「後から振り返って…」と自分で自分に言い聞かせるようになります。願いが叶わなかったのは御本尊様に力がないわけではない・創価学会の活動が無駄だったわけではない・願いの通りになることは、結果的に自分のためにならなかったのだ。後から考えて一番いい結果になっている!!てな感じ。これが創価学会のいわば「常識」的考え方です。

確かに願いはかなわなかったけれど、一番いい方向に行った!と考えねば人生やりきれない場面もあります。私の場合何度も擦っている新卒での就職活動の時とか。
けれども「後から振り返って…」とか「深い意味があるんだ」と自分に言い聞かせるのって、とても不健全だとやめてから感じます。
「なんで学校の推薦までもらってるのに落ちるんだよおお」
「お題目なんか何にも効かないじゃん!!」
と素直に叫べる19歳(当時)の方が健全だったなと。↑このように叫べる健全な19歳といまわか、何が違ったのか自分ではよくわかりませんがこのように叫んだところで周囲の創価学会の人たちからは「いまわかのお題目が足りないだけだ」「自分の実力のなさを御本尊様のせいにするな」と言われてしまいます。
逆にいまわかが大手の企業に合格していたら「お題目のおかげ」「女子部でしっかり活動しているから」と言われる。
そりゃ病むって。

私が最終的にやっていた地区婦人部長は部員さんに「指導」するような立場ではなかったのですが、もっと上の幹部たちが「指導」しているのを見聞きするにつけ自分にはとてもできないと常々感じておりました。
全然題目も上がっていないし、御書も心肝に染めていないし、新・人間革命は読む気もしなかったし、青春対話は子どもたちに読ませた手前読んでみたけどきれいごとが過ぎてひねくれいまわかには刺さらないし、聖教新聞も毎日くたびれすぎて開いてもいない。なによりも自分にとってせんせーとはなんぞや?という疑問に答えが出ていなかったので他人様に偉そうに「指導」することなど何もなかったのです。
けれども離れてしまった今は、逆に「指導」できそうな気がしています。
部員さんの願いが叶っていれば「お題目あがってたもんね」「〇〇さん大変な中(活動を)がんばってましたからね」。
叶わなければ「後から振り返って…」とか「凡夫の私たちにはわからない、深い意味があるのよ」て言っておけばいいのです。チョロいチョロい。

なにが言いたいかと申しますとやめる前とやめた後では全然ものの見え方・感じ方が違ってしまった、ということです。
私も「祈りは必ず叶う!」と言って来ましたし「私の人生、一点の後悔もなし!」ぐらいな勢いでした。今のいまわかの言動からは信じていただけないかもしれませんが、多分SNSで発信されている方よりずっと重症だったと思います。
しかし「一人を大切に」と言っている組織が自分のことは大切にしてくれないんだ、と気がついてしまった時から、オセロが一瞬にしてひっくり返るように自分の考え方は変わってしまいました。
池田先生に対するご恩って何?→そんなもん無い!
私にしかできない使命→私じゃなくても誰かがやるよ
温かい創価家族→使えなくなった人間は無視のドライな関係
と認識がどんどんひっくり返る中、「祈りは必ず叶う」も根本的に覆されました。

https://note.com/imaotoushi/n/n78258e8b929e?sub_rt=share_pw

思えば無理やり納得してきたことばかり、お題目には何の力もない、創価学会の活動には何の意味もないと考えればスッキリ納得がいくことばかりやん!と。
このことを認めてしまうのはそれまで人生かけてやってきた活動が無駄だったことを認めることになりますが、それ以上にそう考えたらめっちゃスッキリするやん!という快感が勝ちました。
「願いが叶わないのは自分の祈りや活動が足りないため・またはのちのち振り返ると自分にとって一番いい結果になっている」という理論に自分の人生を無理やり当てはめる窮屈で疲労感マシマシな考え方は捨て去り、願いが叶わなくても(自分の思い通りにならなくても)人生万事塞翁が馬だよね~と受け止めるシンプル人生に切り替えました。

やめてからも自分の願いが叶ったことも叶わなかったこともありますが、やめてからことさらに叶わなくなったということはありません(いまわか比)(笑)。










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