私のアダルトチルドレン、対人恐怖症、克服体験

私は自分のことをアダルトチルドレンだったと自認してます。

しかし克服もしたとも思っています。

アダルトチルドレンとは何かと言うと、機能不全家族で育った子どもで対人関係に困難を持ってしまった子どものことを言います。大人びた考えをしている子どもという意味ではありません。

私がこの話題を話す時に一つ懸念していることがあります。それは私には両親を非難する意思はないのに、そう伝わってしまう可能性があるかもしれないということです。

私は両親が大好きです。尊敬もしています。しかし機能不全家族と書いたように学生の頃の両親の私への関わり方は少し特殊だったかもしれないということは事実かもしれません。母親は過保護で、父親は無関心でした。と言っても全国の家庭を見てみても、どの家庭もある種特殊で、変わっていない家庭なんてありません。みんな特殊な事情を抱えています。なので私の家庭だけが特殊だったわけではないのです。特殊な程度は全家庭グラデーションです。濃いか薄いかだけです。


さてそんな感じのことを前提にした上で、私がどうやってアダルトチルドレンを克服したか書いていきたいと思います。


学生の頃の私の対人関係の状況と言うと、
「みんなが何を行動原理として動いているのかわからない。」
「常に嫌われないかだけを意識しながら言動、行動してる。」
そんな対人恐怖症でした。

学生時代はそんな自分が対人恐怖症であるということにも気づくことができず、また常に人間関係でストレスが過度にかかっていることにも気づかず、でもいつも疲れているというような感じでした。

学生時代はそんな感じで過ごしたのですが、そんな私に転機が訪れます。

それは高校を卒業したあとに、大学受験浪人という名目の引きこもりになったこと。そしてそのときにYouTubeの動画でももいろクローバーZに出会ったことです。

まず引きこもりになったことで一度継続的な対人関係から離れたことで、自分の行動が自由になり、そんななか、出会ったももクロから、
「本当の友情とはなにか?本当に相手を思いやるとはどういうことか?友達とはどういう関係性をいうのか。」ということは私なりに学びました。

そこですごく感銘を受け、私もこういう人間になりたい。今までの自分は自分のことしか考えていなかった。これからはももクロのようになりたい。という気持ちが芽生えます。


まーその次に引きこもりから外に出るわけですが、浪人の続きで、私は新聞配達員として仕事をしながら勉強を続けることを選びました。学歴コンプレックスがあったんです。そして新聞配達員で共同生活に身を置きました。


その時から、自分の気持ちを大切にして行動しようと思っていたのですが、最初は本当に怖かったです。
「えーこれさ、自分の気持ちを大切にして行動してたら、嫌われてぶん殴られるんじゃね?」
とか本気で思ってました。毎日恐怖感と戦ってました。ましては新聞奨学生です。既に前払いで塾の学費を会社に立て替えてもらってました。逃げることはできません。そんな感じで無理やり頑張っていました。というよりそのときは、逃げるという選択肢がそもそも自分の中になかったです。後の人生ではこれでもかと逃げる人生になるのですが。笑。

そんな感じで恐怖感と戦いながらも、自分の思考や感覚が変わってしまった後はもう前の自分に戻れないんです。もう前に進むしかない。そんな感じです。

で、その後も色々と葛藤があるわけですが、少しずつ、自分が変わっていくんですね。
そして最終的には安心感を持って、自分の気持ちのまま行動ができるようになるわけです。

そしてそうなると、いったんわがままになるね笑。でもその後自分の気持ちと周りの状況を自分で考えて行動を選ぶことができるようになっていくわけです。成長ですね。


そんな感じが私の克服期のエピソードになります。


また自分に書けることがあったら書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。


では、ありがとうございました!バイバイ。


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