無職独身、ときどき『お母さん』
仕事を辞めて自由な時間が増えてから、
平日の昼間にふらふら歩くことがあります。
どうやらそんな私は、ときどき
「小さい子どもがいるお母さん」
に見えるらしいのです。
今回は、その中でも特に印象に残っている、昨年の秋の出来事を書いてみようと思います。
ある日、自宅から3キロほど歩いた先の、見渡す限り畑が広がる場所まで来ていました。
時間も気にせず、いつものようにふらふら歩いていると、私のすぐ脇に一台の軽トラックが止まりました。
「おじょうちゃん、柿持ってきな!」
おじょうちゃん!?
41歳。この歳になって「おじょうちゃん」と呼ばれるとは。
思わず、ちょっとニヤッとしてしまいました(笑)
ところが喜んだのも束の間、
「ほら、家族の分もたくさん持っていきな! ビニールもあるよ!」
と、次々に柿を渡してくれます。
父と二人暮らしなので、そんなにたくさんは……と言おうとした、そのとき。
「これなんか、子どもが喜びそうだな!」
そう言って、今度は枝のついた柿まで持たせてくれました。
なるほど。
どうやら私は、小さい子どものいるお母さんだと思われているようです。
断るタイミングをすっかり見失っているうちに、おじさんは「じゃあね」と運転席へ。
それに、ここで「子どもはいません」と訂正するのも、なんだか野暮な気がしました。
せっかくのご厚意です。
ありがたく、全部受け取ることにしました。
走り去っていく軽トラックを見送り、手元を見ると、そこには袋いっぱいの柿。
……重い(笑)
しかも、枝付き。
私は枝付きの柿を肩に担ぎ、3キロ先の自宅まで歩いて帰りました。
途中、
「これ、柿泥棒に見えないかな……」
なんて少しソワソワしました(笑)
そして、家に着くころには、ありがたさと同時に、疲れて泣きそうになっていました。
父と二人ではさすがに食べきれない量だったので、父の知り合いにもおすそ分けしました。
いただいた柿は、どれもとてもおいしかったです。
あの日の柿を思い出すと、重さと一緒に、知らない人からもらったやさしさまで思い出します。
こんなふうに、「お母さん」だと思われたままの出会いは、ほかにも。
とんかつ屋で世間話をしたり、農作業中のおじいさんと1時間くらい話し込んだり、湧き水のそばにある祠を一緒に掃除したり。
どれも、なぜか夫や子どもがいる前提で話が進んでいきます。
タイミングを見て、夫も子どももいないことを伝えることもありますが、その場限りのことだし、わざわざ話を止めてまで訂正することでもないかな、と。
こうして知らない人とちょっとした話ができるのも、なんだかうれしいものです。
そんな、たまの「お母さんごっこ」は、なかなか楽しいです。
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