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はじめての管理職|戸惑いだらけの初日|香港と中国の狭間で【キャリアヒストリー⑤】

こんにちは!
怒涛の1ヶ月を過ごし、お盆休みを挟んで、また、いつもの調子に戻して参ります。詳しくは、また別の記事に書きますが、今回はわたしのキャリアストーリー。もう、過去の話は忘れてしまったかもしれませんが、続きを書いてまいります。香港や中国、海外で働くことに興味がある方、また、女性管理職という仕事に興味がある方、お付き合いいただければ嬉しいです。

学歴なし、資格なし、ブランク12年の元専業主婦が、海外で大企業のエグゼクティブたちと対等に渡り合うようになるまでの実話を書いています。

前回は、香港の会社で「管理職の打診」をされ、それを受けた話でした。管理職になると「今までと同じようにはいかない」家族の在り方…
その中で、家族で話し合い、どのように決めていったかの話でした。

今回は、管理職になってはじめての新しい職場への出勤日の話です。

香港から東莞へ、初めての通勤

打診を受けてから数週間後、私は本当に、香港と東莞(中国)、2つの拠点を行き来する生活を始めることになりました。1週間のうち2日の月曜日と金曜日は香港、火曜日から木曜日の中3日は東莞で勤務です。

朝の起床は5時。静かな自分だけの時間を過ごし、その後身支度をし、子どもたちの朝ごはんを作って、子供達を起こし「行ってくるね」と言って、家を出ました。

子どもたちも母から急かされることなく、自分たちで小学校に通います。母としては「本当に子供達が自分たちだけでご飯を食べ、遅刻もせずに、学校に行けるのか…」不安で仕方なかったのですが、「行ってくるよ!あなたたちも頑張ってね!」そう言って、後ろ髪引かれるような想いで家を後にしました。

第1日目|初出勤


「パスポートと香港IDカードは持ったよね!」香港から中国にいくには、日本のパスポートと香港のIDカードが必要です。これがなければ、出勤ができません。そう、今日からは国境越えで出勤です。

香港自宅から、最寄りの駅までバスで向かい。国境になる羅湖(LoFu)行きの列車に乗ります。朝は、人が多くて、わたしと同じように中国側へ働きにいる人が多いことに気がつきました。多くは男性。「女性って、本当にあまりいないのね」改めて実感しました。

まず、わたしも自分の足で国境を越え、深圳から広州行きの急行に乗って、東莞駅まで向かい、そこから先は会社が用意してくれた車で会社へ向かいました。時間は約2時間ほど。これを往復で4時間。毎週3日はなかなかのものです。「これを週に3日するなんて、なかなかキツイかも」

そんな想いもありましたが、東莞の駅は、香港や広州の駅と比べると寂れていて、田舎だなと感じずに入られません。それだけでワクワクしてしまっていたわたしは「やっぱり新しいことをするのが好きなんだな」と思わずにはいられませんでした。

駅から5分ほど離れると、車の窓から見える景色は、香港にはない田舎の風景。緑が多くて、のどかで、なんだかホッと自分がいたのを覚えています。

ただ、香港と違って、ここは「やっぱり中国だ」と感じる景色があちこちにありました。犬は野良犬?と思うような痩せた犬をところどころで見かけたし、中国の田舎の人だなと思うような、少し肌が浅黒く、日本の昭和を思うような風貌の人をところどころで見かけました。街というよりも、村の中を抜けていくと、わたしの勤務地になる会社と工場がありました。

「わっ、本当に何にもないところね」新鮮でもあり、これが日常になっていくと思うと、ワクワクした気持ちに近いものが生まれてきました。

「うわっ」の連続だった初日

東莞の会社に足を踏み入れて、まず驚くのは、その広さ。「こんなに広かったっけ?」改めて見ると天井の高さ、敷地の大きさなども中国サイズ。

香港のオフィスは、比較的こじんまりとしています。でも、中国は、東莞は全く違います。もうそれはそれは、だだっ広いオフィス。端から端まで歩くだけで、運動になります。

工場に足を運べば、また別棟の大きな建物があり、大きな機械が稼働している。工場の横には、私が管轄することになる品質管理(QC)の部門も入っていました。敷地内には食堂があり、宿舎があり、駐車場があり、庭までありました。
これだけで「違う国に来たんだ」という実感が湧いてきます。

「ここが井上さんの席ね。」

そう言って、案内された席は、だだっ広いオフィスの中にいかにも「The管理職的」な配置の中にありました。その席を見て、「これって、ドラマで見るような風景ね」少しばかりドキドキしました。本当に管理職になってしまったんだなって。

そして、その席からまわりを見渡すと、オフィスで働いている人たちの様子がよく見えるのです。営業部、生産部、購買部、生産管理部。それぞれのメンバーが忙しそうに働いています。

第1日目の朝、メンバーが紹介されました。

彼らは、すでに長くいて、実力もある、経験もある、知識もあるメンバー。今まで、わたしも香港会社で仕事を通している時に、仕事で関わっていた優秀なメンバー達でした。正直、わたしは「この人たちの上司になるのか」と気後れしそうでした…

それに追い打ちをかけたのは、言葉(言語)。香港では、広東語と英語で仕事をしていました。でも、国境を越えた広東省では、仕事は中国語(マンダリン・普通話)がメインの世界です。私はこの中国語(マンダリン・普通語)がほとんどできませんでした。

「教えてください」と伝えた日

主要メンバーを集めてもらい、この日、私は自己紹介をしました。もちろん、普通語が話せなかったので、日本語ができる優秀なスタッフに通訳をしてもらいました。彼は仕事もできるし、日本語もできるし「こんなわたしが上司だなんて、なんと想っているだろう」と心がざわつきましたが、そんなことを想っていても仕方がない、みんなを前にして、わたしは伝えました。

「皆さん、おはようございます。これから、皆さんと一緒に働かせてもらう井上です。香港で働いていたので、知っている方もいると思います。購買の部門で皆さんと同じように業務もしてきました。
これからは、毎週火曜日から木曜日はこちらに出勤し、皆さんと共に、事業を発展させ、結果を出すために邁進していきます。

一緒に成長していきたいし、一人一人がもっと能力を発揮できるようにもしていきます。東莞会社のことは、これから皆さんのしている業務、また、品質管理部門、協力会社や工場など、これからわたしも学ことばかりです。皆さんから、直接教えを請うことも多くなりますが、どうぞよろしくお願いします」

最初のみんなの顔を見た時に、実感が湧いてきました。このメンバーと仕事をしていくんだって。

自己紹介の後は、一人一人と面談の時間を取っていきました。業務に差し支えない範囲で、少しずつ、メンバーの話を聞いていく。まずはそこから、始めることにしたのです。

正直、新しく学ばなければいけないことが山ほどあることに、改めて気がついた初日の午前中でした。

現地の工員と一緒のものをいただくランチ

午前中は、あっという間にすぎました。
社員や工員とは、日本人は時間をずらしての昼食。

昼食の時間は、オフィスの人たちも工場の人たちも一斉に食堂へ向かいます。200人近い人たちが一斉にランチをしにいく移動は、凄まじい景色です。こんな風景を見ると「香港とは違うな〜」と感じるし、人を一人ひとり見ても、やはり香港の人たちとは、視線も顔つきもなんとなく違う人が多いのです。

「知っていると思うけど、ここは中国の地方から出稼ぎで来ている人も多いんだよ。日本人であっても、ワーカー(工場で働いている人)の皆さんと同じものを食べる。ただね、日本人だけは、週に1日日本食のお弁当を注文するんだ。これくらいは、良いでしょ笑」と、社長が教えてくれます。

前もって聞いてたし、知ってはいたはずなのに、給食を会社の人と一緒に食べることが、ここで働く人たち全員が、同じ釜の飯を食べる。そんな一体感を、肌で感じ、とても新鮮な気持ちになりました。

午後も会社の概要や関連部署、協力会社、さまざまな資料に目を通していくだけで、あっという間に1日が過ぎていきました。

18:00 就業時間の終了です。基本、緊急の仕事が残っていない限りは、残業はしません。

そして、わたしは会社が出してくれている18:15発の車に乗って
駅に向かい、香港へ戻らなければいけません。
自宅に戻るのは早くても21:00頃になってしまいます。

もう、クタクタでしたが、やり切った1日目は清々しい気持ちでした。

自宅に戻ると、子供たちは、お手伝いさんに作ってもらっていたご飯を食べ終わり、自由な時間を過ごしていました。

「全部完璧にできたよ!今日の宿題も終わったから。」子供達のことを誇らしげに思い抱き締めました。
と同時に、わたしは、「もう明日の朝は5時に起きなきゃいけない…」「明日もすることが多くあるな」という気持ちで焦りもありましたが、なんとか無事に過ぎたことをホッとした1日となりました。

同時に「一緒に晩御飯を食べれなくて、宿題を見てあげれなくて、ごめんね」そんな気持ちも母として、湧き上がってきました。けれど、疲れ果てたわたしもその晩は、早々とベットで倒れ込むように寝てしまうのでした。

(次回:新しい職場、はじめての管理職は課題ばかり。【キャリアヒストリー⑥】へ続く)


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