イツメンと飲みに行ったら、ひとつの昭和が消えようとしていた話。
名古屋で40℃を記録した日、まだぴかぴかに明るい17時からイツメン達と飲んでいた。
骨折ばかりしているオジサン、ゴルフばかりしているオジサン、バーの店主オジサン、そして私、オバサンのふりしたオジサン、というつまりオジサン4人である。
とんちゃんをアテにそれぞれ3~4杯飲み、2件目は昭和なカラオケスナックに向かった。
このnoteで、その店に初めて訪れた日のトキメキを綴ったことがあった。
おかまのママが切り盛りするその店は、もともとはキャバレーだったのかな、という広い店内に大きなステージがあって、昭和なピープルが思い思いに昭和歌謡を歌い上げている。
お客さん達の唄を聴くだけでもエンタメとして成立していて、私は痛く気に入っていたが、まだ、3回ほどしか訪れていなかった。
ところが、店まで行くと
「本日は休業しております」
という張り紙が。ほろよいオジサン4人は、がっくりして全員で言葉を失い、変な空気になる。
それならばと、隣のおしゃれなバーへ行く。このバーについても同じ記事に書いた。
このお店、前回もカラオケスナックに行く前の集合場所に使ってしまった。今回も、隣が休みだから仕方なく来た感じになり、なんとも申し訳ない。本当はわざわざ訪れる価値がある素敵なバーである。
店主に、お隣が休みだったことを告げると、
「あっ。」
と言って顔をしかめた。
おかまのママが亡くなっていた。
私たちはふたたび言葉を失い、もっと早く来なかったことを悔やんだ。
最高の秘密基地を見つけたと思っていた。これから、色んな人をドヤ顔で連れて来ようとも思っていた。前回、女子2人と訪れたとき、このお店はずっと残っていてほしいよねって、呑気に話していた。
なぜ、もっと通わなかったのか、私のバカバカって悔やんだ。聞くところによると、ママは80才を超える高齢だったそう。
その時代にオカマとして生きるということは、いったいどういうことだったのだろうか。いつかゆっくり色々なことを聞いてみたいと思っていたのだが。何もわからないままになってしまった。
お店は間もなく解体されるとか。あの座り心地のいいビロードの赤いソファを思い出す。昭和がまたひとつ消えてしまう。
その夜私たちは、いつものバーに戻って、昭和への未練を晴らすかのように気のすむまで昭和の曲を歌いまくったのだった。
いきなりド昭和の名曲をじゃんじゃん入れました。
恋人が濡れる街角って・・・?どうゆこと?↑
肩までのセミロングのテレサテン本人が出てくるビデオが懐かしい!↑
こんな暗い唄が流行る昭和ってイカれてて最高↑
「踊り子」ってVaundyじゃないんだぜ↑
あ~、洋楽出てきちゃったら、もうオジサンたち飲みすぎです!
イッツ・マイ・ラ~~イ!!大合唱だったのは言うまでもない。だってもう飲みすぎだから↑
あ~、アニソン出てきちゃったら止まらないよね。
「ぺったんこ~!」じゃありません!もう帰りなさい!!!
気が済みましたとさ。
