真理の変遷|シロクマ文芸部 参加作品
水たまりから生まれた、水たまりちゃーん。
僕が小学生の時分、彼女は教室の隅で周囲の同級生たちからそのようにからかわれていた。
その様子を横目に僕は考えていた。
命名方式がおかしい。
○○から生まれた、○○。
おそらくこれは「桃太郎」からインスパイアされたフォーマットのはずだ。
であるならば、水たまりから生まれた子は「水たまり太郎」や「水たまり花子」とされるべきだ。
「水たまりから生まれた水たまりちゃん!」では、「桃から生まれた桃!」と言っているのと同じである。
それがどうしても引っかかった僕は、いじめっ子たちの間に割って入りそのことを問い詰めたが、ぽかんとされて場を白けさせてしまった。
結果的に彼女をいじめから救った形になり、その後は少しずつ親交を深めていった。
彼女は当然ながら水たまりから生まれたわけでもなく、普段から全身ずぶ濡れだったり、湿っぽい性格をしているわけでもない。むしろカラッとした気立ての子だった。
原因は、彼女の名前を聞いてすぐにわかった。
水田 真理。
水たまり。
当たり前に居得る名前だが、子供にとってはこれくらいがちょうどおかしいのだろう。多少ばかりからかわれてしまうのも納得だ。
決して悪い名前だとは思わないが、彼女の両親は何も思わずに付けたのだろうか。一瞬「んっ?」とはなりそうなものだが。
いくらか話を聞いてみると、どうやら彼女の両親は離婚しており、水田は母親の姓とのことだった。なるほど、後天的に嚙み合ってしまったのか。不運なことだ。
しかし、両親が離婚をして子供がどちらに引き取られたとしても、必ずしも苗字を変える必要はない。彼女曰く、自ら母親と同じ姓を選んだとのことだった。
興味本位で、父親の姓を聞いてみた。
豚方。
そりゃあ水たまりの方がマシだ。
というか娘に「豚かたまり」と名付けたのか。
離婚の原因は多分それだろ。
なんて、チャーシューが美味しそうな。
そんな風に真理が名前に悩んでいたのも子供の頃までで、ある程度大人になれば周りだってそんなこと誰も気にも留めない。
むしろ自己紹介の際に「水田真理です。水たまりじゃありません!」なんて自ら笑いを取るくらいだった。
そして、そんな真理の自虐ネタも使えなくなってしまう時がきた。
あの日からいつも一緒にいた真理と僕は、めでたく結婚することとなる。
今時は夫婦どちらの姓を採用するも自由なご時世だが、話し合う前に真理は「水たまりちゃんは卒業だね」と言った。ほんの少し、寂しそうな笑顔に見えた。
真理はもうあの頃の水たまりちゃんではない。
子供の頃に真理をからかってきたいじめっ子たちも、これでぴしゃりと黙らせられるだろう。
うちの実家は古くから続く少しばかり格式の高い家柄で、真理は両親への挨拶の時はガチガチに緊張していたが、両親は真理の芯の強い性格をいたく気に入ってくれた。
我が家の長老である大婆様も、にっこり笑って言ってくれた。
「あの子は、この織田家にふさわしいお嫁さんだ」と。
小牧幸助さんのこちらの記事を拝見して書いてみました。
