言葉を売る。──企業は何を語るのか
「松のや」の「ママ応援企画」が話題になっていた。
企画の内容は、15歳以下の子どもとママを対象に、500円で食事を提供するというものだった。
ところが、「なぜママだけなのか」「パパは対象にならないのか」といった声がSNSで広がり、翌日には「夏休み企画」へと変更され、対象も広く利用できる形となった。
このニュースには、さまざまな意見が寄せられていた。
「民間企業なのだから、誰を応援する企画にするかは自由だ。学割やシニア割と何が違うのか。」
「夏休みは給食がなくなり、子育て家庭の負担が増える。そうした家庭を応援する企画なのだから歓迎すべきだ。」
一方で、
「『ママ』という言葉は、育児を母親だけが担うような印象を与える。」
「父親や祖父母が子育てを担う家庭もある。もう少し配慮した表現があったのではないか。」
という声もあった。
どちらの考えにも、それぞれ理由がある。
だから私は、「変更したことが正しかったのか」「批判した人が悪かったのか」という結論には、あまり興味を持てなかった。
私が気になったのは、もっと前の段階である。
なぜ、とんかつ専門店が『ママ応援』という言葉を選んだのだろう。
夏休みの子育て家庭を応援したい。
その思いは、とても自然で、善意のあるものだったのだと思う。
物価が上がり、給食もなくなる夏休みは、家計にも、毎日の食事づくりにも負担がかかる。
だから、その気持ちを疑うつもりはない。
ただ、「夏休み応援」と「ママ応援」は、同じようでいて少し違う。
前者は、企画の内容を伝える言葉だ。
しかし後者は、それに加えて、企業が誰を応援し、何を大切にしたいのかという価値観まで伝える言葉になる。
企業には、ターゲットを決める自由がある。
学生向けでも、シニア向けでも、ファミリー向けでもいい。
それはマーケティングであり、企業活動として自然なことだ。
だから私は、「対象を限定したこと」が問題だったとは思わない。
一方で、企業は商品だけを売っているわけでもない。
企業は、商品と一緒に「言葉」を売っている。
料理を提供する。
サービスを提供する。
その一方で、
「私たちは、誰に来てほしいと思っているのか。」
「私たちは、どんな人を応援したいと思っているのか。」
そんな思いも、言葉に乗せて社会へ届けている。
昔なら、その言葉は店頭のポスターやチラシで完結していたのかもしれない。
店の前を通る人だけが目にし、その場で終わる。
しかし今は違う。
一つの言葉がSNSで瞬く間に広がり、企業全体のメッセージとして受け止められる。
だから企画とは、価格を決める仕事ではない。
対象者を決める仕事でもない。
企業が、社会に向けてどんな言葉を発するのかを決める仕事なのだと思う。
今回のニュースを見て、私は改めて思った。
おいしいとんかつを提供する。
それだけなら、この企画は大きな話題にはならなかっただろう。
しかし、「ママ応援」という言葉を選んだ瞬間、この企画は食事の話だけではなく、企業が何を大切にしているのかという話にもなった。
商品は、食べ終わればなくなる。
キャンペーンも、いつか終わる。
けれど、そこで選ばれた言葉は、人の記憶に残る。
だから企業が本当に設計すべきなのは、価格だけではない。
どんな言葉を選ぶのか。
その一言が、やがて企業の姿になる。
今回のニュースは、そんなことを考えさせてくれた。
