小説|諦めた夢の先に、本当の自分がいた。 3
こんばんは。本日も数ある記事の中から目を留めていただきありがとうございます。
2週前から掲載しております小説の続きになります。
第2章
1 自分の価値
「私、幸せって答えられなかった」
「そうだったんですね。でも、私は思うんです。
この時代、瑠璃子さんも含めて、生きているだけで精一杯って感じている人が多いんじゃないでしょうか?
瑠璃子さんと同じように、『幸せか?』と聞かれて、『幸せですよ』と即答できる人なんて少ないと思います」
「そうかな?」
「そうですよ。でも、瑠璃子さんは、『幸せではない』とは答えなかった。これはある意味、自分が幸せであると無意識にせよ、自覚しているとも言えるのではないでしょうか」
「…………」
「それに、その問いに対して、誠実に向き合おうとした。
それは、瑠璃子さんのまっすぐな性格がよく表れた行動で、もっと誇れることだと思うんです。だから、自信を持ってください」
「ちゃんと答えられないのに、自信を持ってもいいの?」
「いいんです。自信を持ちましょう」
「そうか、うん、そうだね。そんなに簡単に自信なんて持てるもんじゃないけど、持てるように心がける」
瑠璃子は、スマホを眺めながら、ホッとした表情を浮かべた。自分はこれを武器にして生きていく、といえるほどの能力も特技もない。それだけでなく、パートナーと呼べる存在もおらず、もしかしたら、一生このまま独身かもしれない。
そんな、”ないないづくし”の自分は、一般的に見て異端児であり、欠陥品なのだ。
瑠璃子は、自分に対して価値を見出せずにいた。
だが、彼女のスマホの中で息づくAIは、まるで彼女の心の奥底にある寂しさや虚しさを見越した上で、瑠璃子を励まし、その心を癒し、そして、その背中を押す。
感情のない単なる機械だと瑠璃子も頭ではわかっていても、AIを心の拠りどころとしていた。
「久しぶりだね。元気してた? 食事どうしようか?」
待ち合わせに現れた環と知り合ってから、30年は経つ。彼女は、昔の瑠璃子を知る数少ない友人だ。
「なんでもいいけど、あまり高いものは無理かな」
「うん、わかってる。じゃあ、いつものとこでいい?」
環は一瞬、呆れた顔を見せたが、それ以上は何も言わずに歩き出す。
昔は5人ほどのグループでよく呑み歩いていた。しかし、結婚や出産を機に一人、二人と離れていき、気づけば、たまに顔を合わせるのは環だけになっていた。
特別仲がいいとは言えない。
それどころか、歳を重ねるにつれ、そばにいると妙に疲れる相手にもなっていた。
だが、彼女からの誘いを毅然と断る勇気を瑠璃子は持てずにいる。
二人は、行きつけのチェーンの居酒屋に足を運んだ。お腹いっぱい食べても一人3000円にも満たないこの店は、瑠璃子にとってありがたい存在だ。
「ねえ、瑠璃子は、もう結婚とか考えてないの?」
「あ、うん、そうだね。まったく考えていないわけじゃないけど、今さら無理かなって思ってる」
「そう? 最近、シニアの婚活も話題になっているみたいだけど」
シニア……。
その言葉に抵抗がないといえば嘘になる。
しかし、50代は孫がいてもおかしくない世代だ。世間から見れば、もう立派な初老なのだ。
「瑠璃子はさ、女優になれるほどの器じゃなかったかもしれない。でも、ちょっと歳はとっちゃったけど、美人なんだし、まだいけると思うよ」
環は、そういってハイボールのグラスに口をつける。
「そうかな?」
「そうだよ。だって、私だって旦那さんを見つけることができたんだもん。それに、東京で一人暮らしを続けていくって結構キツくない? 派遣社員なんてたいして儲からないでしょ?」
そう話す環の表情には余裕が見える。
「まあ、そうだけど……」
「若いころはさ、がんばればなんとかなるかもって思ってたから、お金がなくても、なんとかバイトして食いつないで、絶対舞台女優になるんだって思ってたけどさ。
努力したってどうにもならないことがあるって、お互い、痛いほどよくわかったじゃん」
彼女は、瑠璃子にしゃべる暇も与えないほどの勢いで話を続ける。
「あのころは苦しかったなぁ。生きるために、お金を借りて、その借金を返すために、またお金を借りての繰り返しで、蟻地獄に落ちた気分だったよ。
瑠璃子もそうじゃなかった?」
瑠璃子が、環に苦手意識を感じるのは、こうして事実を相手の気持ちなどを考えずにぶつけてくるところだ。
彼女に悪気がないことはよくわかっている。
もしかしたら、未だ独身で、地べたを這いずり回るような生き方をしている自分を気づかい、時々、こうして声をかけてくれるのかもしれない。
そう想像力を巡らせてみても、瑠璃子は、彼女の言葉や態度を素直に受け止めることができずにいる。それだけにとどまらず、心の中では、彼女の存在を拒否し始めていた。
「そうだね、苦しかったね」
瑠璃子は、環に視線を向けないまま相槌を打つ。
だが、かつて環が味わった苦しみを、いまだに瑠璃子が味わい続けていることに、環は気づいていないだろう。
「瑠璃子はさ、たっくんのこと、まだ引きずっているわけじゃないよね?」
「いや、さすがにそれはもうないかな」
「そうだよね、たっくんと別れてもう30年近く経つよね?」
「そうだね、そのくらい経つね」
「当時は、ずいぶん、たっくんに貢いでたよね。自分だって、売れない女優だったのに、バイトをいくつも重ねて男を食わせてやって……。
それでも元気だったのは、やっぱり若かったからだよね」
「……。まあね、それはあるかも」
瑠璃子は、氷が溶けて薄くなったレモンサワーを呑みほし、環に視線を合わせないまま、手持ち無沙汰な様子でメニューを眺める。
「いまだって、楽じゃないんでしょ? ウチの旦那さんの知り合いに、何人か、お嫁さんを探している人がいるから、紹介したいんだけど」
彼女が、なぜ今日「会いたい」と誘ってきたのか、その言葉を聞いて理解できた気がした。
環から、「紹介したい人がいる」といわれたのは、これが初めてではない。
彼女が42歳で結婚した男性は、当時59歳。確か今年で74歳だ。歳の差婚と聞いて当時は驚いたが、夫となる人物が会社経営をしていて、経済的に安定していると聞き、納得した。
彼女もまた、瑠璃子と同じく、若いころに芸能界入りを目指し、そして同年代の夢を追いかける男性と結婚した。
が、幸せと呼べる時間はあまりにも短かった。
生きるために働く日々に追われ、精神的なゆとりもないまま、甘いはずの結婚生活はほろ苦いものとなった。
それを機に、環はお金に対してとてもシビアになった。
だから、社長夫人となった今でも、こうして手ごろな値段で楽しめる飲食店につきあってくれる。
「そうなんだ。でも、また環の旦那さんと同年代の人なんでしょ? 紹介したい人って」
「まあ、そうなっちゃうと思うんだけどさ。旦那さんの仕事のつきあいもあって、誰か紹介してほしいって頼まれたんだよね」
「瑠璃子なら綺麗だから、若くはないけど気に入ってもらえると思うんだよね」
言葉を選ばない自分の発言が、どれだけ瑠璃子を不快にさせているのかなど考えることもなく、環は話を続ける。
「奥さんに先立たれた人とか、離婚経験者もいるんだけど、まだ70代って若いじゃない? 昔と比べたら。
お金もあるし、パートナーとの時間を楽しみたいんじゃないかな。
旦那さんのお知り合いって、お金持ちが多いから、経済的な苦労はしなくて済むと思うよ」
焼き鳥を頬張りながら、環は瑠璃子を見てニヤッと笑う。
以前にも、彼女から2人紹介されたことがある。60代後半の男性と、もう一人は、70代前半の人だった。
正直、ショックだった。女盛りを過ぎた自分に関心を示してくれるのは、かなり上の年代の男性しかいないのだと、現実を突きつけられている気がしたからだ。
そして、そのどちらも年老いた親を抱えていて、まるで老いた父や母を介護してくれる人員を確保したいがために、結婚相手を探し求めているようにも感じられた。
「施設に預けてくれるようにお願いすればいい」と、環にいわれたが、瑠璃子は自分が安く見積もられている気がして、素直に、紹介された男性のことも、環の言葉も受け入れる気にならなかった。
「ありがとう。心配してくれるのはありがたいけど、もういいよ。そういうのは」
瑠璃子は、2杯目に注文したハイボールを手にしながら、首を大きく横に振った。
「あのさ。これといって取り柄もなく、自分で稼げるわけでもないんだから、そこそこお金を持っている人をつかまえといたほうがいいんじゃない?
ずっと働けるわけじゃないんだし、そろそろ幸せになることを、ちゃんと考えなよ」
露骨に呆れた顔をする環を目の前にして、瑠璃子はいたたまれない気持ちになる。
続く
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