明治16年創業の文具屋が、オフィス/DX支援会社になる?─変わり続けることが私たちの伝統
こんにちは!株式会社イシマルの平です。
今日は正直に告白します。
この記事を書くにあたって、最初は「弊社は明治16年創業で、文具からOA機器、ITへと事業を展開し……」という、よくある沿革の紹介を書こうとしました。
でも、書いては消し、書いては消し、と手が止まりました。
私たちが本当に伝えたいのは、会社の年表ではないからです。
じゃあ、何を書きたいのか?
143年間、この会社の中でずっと燃え続けてきた「想い」の話です。

だからこの記事には、立派な経営戦略も、きれいなビジネスモデルの図解も出てきません。
その代わり、明治16年にペンを売り始めた日から今日まで、イシマルという会社が何を信じ、何に迷い、何を守るために変わり続けてきたのか?
その心の内側を、包み隠さず書きます。
「どうせ働くなら、想いに共感できる場所がいい」と少しでも思うそこのあなたに、この先を読んでほしいです。
一本のペンに込められていたもの
明治16年。1883年。
イシマルの物語は、一軒の小さな文具屋から始まりました。

そのペンを買っていったのは、誰だったんだろう。
役場の書記だったかもしれない。
商店の番頭だったかもしれない。
あるいは、子どもに初めての鉛筆を買い与える親だったかもしれない。
明治の日本で、「書く道具」を手にするということは、世界とつながる手段を手にするということでした。
手紙を書けば、離れた人に想いが届く。
帳簿をつければ、商いが立ち行く。
ノートに学べば、人生が拓ける。
つまり創業者が売っていたのは、ペンという「モノ」ではなかったんです。そのペンの先にある、誰かの明日でした。
「いい道具を届ければ、お客様の仕事が良くなる。
仕事が良くなれば、暮らしが良くなる」
この、飾り気もなければ、横文字のビジョンでもない素朴な信念です。
でも私は、この素朴さこそが、143年間イシマルを生かし続けてきた心臓なのだと思っています。
そして、私がこの会社で働き続けている理由も、結局これです。
「変わること」は、怖かったはず
イシマルの歴史を語るとき、よく「文具からOA機器へ、そしてITへと華麗に転身した」なんて言われ方をします。
華麗に、なんてとんでもない。
想像してみてください。
昭和の後半、オフィスに複写機や計算機がやってきた時代。
文具屋の店先から見えていたのは、自分たちの商売が、静かに消えていく未来でした。

カーボン紙の複写は、コピー機に置き換わる。そろばんは計算機に負ける。自分たちが誇りを持って売ってきたものが、一つずつ、時代に「もう要らない」と言われていく。
そのとき、社内でどんな会話があったか。
「うちは文具屋だ。機械屋じゃない」
「先代が守ってきた商いを、変えるつもりか」
そういう声が、あったと聞いています。当然です。
変わるということは、それまでの自分たちを一度、否定するように感じられるから。何十年も文具に人生を懸けてきた人にとって、それは商売の話じゃない。生き方の話です。
私はこの葛藤の話を先輩たちから聞くたびに、胸が締めつけられます。
そして同時に、誇らしくなるんです。
なぜなら、当時のイシマルの人たちは、その怖さの中で、逃げずに一つの問いと向き合ったから。
「私たちは、ペンが好きだったのか。それとも、ペンを使うお客様の役に立つことが好きだったのか」
答えを出すのに、時間がかかったと思います。
お客様の役に立つことが、私たちの商売だ。
ならば、お客様のオフィスに必要なものがコピー機なら、コピー機を学ぼう。機械のことなど何も分からなくても、ゼロから学ぼう。

文具屋のおやじさんたちが、油まみれになって機械の構造を覚え、「文具屋に何が分かる」という視線に頭を下げながら、一台ずつ信頼を積み上げていった。
これが実態です。華麗な転身なんかじゃない。
泥くさくて、不格好で、でも真っ直ぐな決断でした。
この「怖くても、お客様のほうを向いて変わる」という選択を、一度でも本気でやったことのある会社は強いと私は思います。
イシマルはそれを、一度じゃなく、何度もやってきた会社なんです。
平成、また「分からないもの」がやってきた
OA機器にようやく慣れた頃、今度はパソコンとインターネットの波がやってきました。

またです。また、「分からないもの」が目の前に現れた。
でもこのとき、イシマルの中には、もう迷いの言葉はあまりなく、代わりにあったのは、こんな会話でした。
「お客様が困るぞ。パソコンを買っても、使い方が分からなくて困るはずだ」
自分たちの商売の心配より先に、お客様の心配をしていた。
私はこのエピソードが、たまらなく好きです。
実際、その通りになりました。
「買ったはいいが、動かない」
「ネットワークって誰に頼めばいいんだ」
「うちの業務に合うシステムが分からない」
地域の会社から、悲鳴のような相談が次々に舞い込んできました。
大手のIT企業は、地域の小さな会社の「パソコンが動かない」には来てくれません。
でも、イシマルは違います。

文具の配達で通い慣れた道を、今度はLANケーブルを積んで走った。
文具の営業をしていた社員が、天井裏に潜ってケーブルを這わせた。
なぜそこまでやるのか。答えは単純です。
目の前で困っているのが、何十年も付き合いのある「あの社長」で、「あの経理のおばちゃん」だったから。
顔の見えるお客様を、見捨てられるわけがない。
それだけなんです。
戦略でもなんでもない。想いが先で、事業はあとからついてきた。
イシマルのIT事業は、そうやって生まれました。
そして今、私たちがDXに本気である理由
さて、ここからがこの記事で伝えたいことです。
なぜ今、イシマルはこの事業に懸けているのか?

きれいな答え方をすれば、「時代の要請だから」でしょう。
でも、想いで書くと約束したので、本音を書きます。
私たちのお客様である地域の企業は今、本当に苦しい波の中にいます。
人が採れない。
ベテランが辞めたら業務が回らない。
紙とFAXと電話で必死に回している毎日の向こうで、「DXしないと生き残れない」と急かす言葉だけが降ってくる。
それで意を決して相談すれば、身の丈に合わない高額なシステムを提案される。専門用語だらけの提案書に、「うちには無理だ」と諦めてしまう。
ITやAIの恩恵が、いちばん必要としている人たちのところに、いちばん届いていない。
この光景を、私たちは黙って見ていられないんです。
思い出してください。
明治16年、イシマルが届けていたのは「情報を扱う最先端の道具」でした。ペンとインクは、あの時代のテクノロジーだった。
それを、役場にも、商店にも、庶民の子どもにも、分け隔てなく届ける。最先端を、普通の人たちの手に届くものにする。それが私たちの商売の原点だったはずです。
ならば、今やるべきことは決まっています。
クラウドを、AIを、業務システムを今の時代の「ペンとインク」を、地域の会社の手に届くかたちで届けること。

イシマルの事業に、魔法はありません。
お客様の会社に何度も足を運び、業務を隣で見せてもらい、「本当に困っていること」を一緒に言語化するところから始めます。導入して終わりじゃない。現場のパートさんが使いこなせるようになるまで、通います。
遠回りに見えるかもしれませんが、143年間これでやってきたんです。
道具は変わっても、届け方は変えない。
それがイシマルの仕事です。
そして、支援した会社の残業が減ったとき、社長が「うちの会社、変われたよ」と笑ってくれたときに、この仕事は明治から続く同じ仕事なんだ、と心の底から実感します。
ペンの先に誰かの明日があったように、システムの先にも、誰かの明日があるんです。
一緒に働く仲間に、想っていること
ここまで会社の想いを書いてきました。
最後に、これから仲間になるかもしれないあなたへの想いを書かせてください。
まず、正直に言います。
イシマルは、都内のピカピカのIT企業ではありません。
AIなどの最先端の技術だけを追いかけたいなら、もっと合う会社があると思います。大手企業の看板が欲しいなら、うちではありません。
でも、もしこれを見ているあなたが
「技術そのもの」より、「技術で救われる人の顔」が見たい人なら。

イシマルほど、それが見える会社はなかなかないと自負しています。
支援先の社長から直接かかってくる「ありがとう」の電話。
自分が入れた仕組みが、その会社の日常になっていく手応え。
大きな組織の何百分の一の歯車ではなく、一人の人間として、お客様の変化のすべてに関われる距離感。
それから、もう一つ伝えたいことがあります。
イシマルには、「変わろうとする人を、笑わない文化」があります。
考えてみれば当たり前なんです。
文具屋が機械を学び、機械屋がITを学び、みんな「ゼロからの挑戦」を経験してきた会社です。「未経験のくせに」という言葉は、この会社では誰も口にできない。全員が、どこかの時代の「未経験者」だったからです。

だから、ITの経験がなくても心配しないでください。
私たちの先輩は、そろばん世代からネットワークを学びました。学ぶ意志さえあれば、技術は必ずあとからついてきます。私たちが面接で見たいのは、資格の数ではなく、「誰かの働く環境を良くしたい」という想いが、あなたの中に本当にあるかどうか。それだけです。
最後に143年分の想いを、あなたに託したい
長い文章になりました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
明治16年に灯った小さな火は、震災の時代も、バブル崩壊の時代も、商売の形を変えながら、消えることなく今日まで燃え続けてきました。
その火の正体は、たった一つの想いでも燃え続けています。
「お客様の働く明日を、今日より少しだけ良くしたい」

ペンで。コピー機で。パソコンで。そして今、DXで。
きっとこれからも変わるでしょう。
30年後、私たちが何を届けているのか、正直分かりません。
でも、この火は決して消えません。
消さないために、私たちは変わり続けるからです。
ただ、会社が勝手に燃やし続けてくれるものではありません。
人から人へ、手渡しで受け継がれてきたものです。
明治の創業者から、機械を学んだ昭和の先輩へ。
その先輩から、ITに挑んだ平成の世代へ。
そして今、私たちの手の中にある。
次にこの火を受け取るのは、誰でしょうか。
もしかしたら、今この記事を読んでいる、あなたかもしれません。
新卒の方も、キャリアの途中で「想いに殉じられる仕事」を探し始めた方も。
まずは一度、会いに来てください。
オフィス見学でも、カジュアル面談でも、志望動機なんてまだなくていい。143年分の想いの話を、直接させてください。
次の100年を、一緒に創りませんか。
