中島板による多様性講座:FF10-2が蛇足でもその存在を容認できるか否か【ショートひとりごと】
最近「多様性」について長い記事を書いた。
そこで私は、だいたい以下を主張している。
多様性とは、自分が好きなものを認めることではない。本当に難しいのは、自分が心底嫌いなものにも存在する場所を残せるかどうかだ。
我ながら偉そうに立派なことを言ったものだ。
さて、大上段に振りかぶった私自身にそれができるのか。考えてみた。
……あった。
『FINAL FANTASY X-2』。
私にとっての「多様性」とは、FF10-2をこの世に残せるか否か、である。
あ、めっちゃネタバレします。
――――――
私は『FF10』が大好きだ。特にあの終わり方。ゲーム史上屈指の美しいエンディング。
アーロンには未来がない。ブラスカもジェクトも既に未来を失っている。彼ら旧世代が成し遂げられなかったことをティーダやユウナたちへ託す。
そしてアーロンは、自分たちには辿り着けなかった場所まで若者たちを送り届け、役目を終えてあっさりと消えていく。
未来への橋渡しだけに特化した男(死人)。
たまらん。
だが、FF10はこれだけでは終わらない。さらに美しいのは、普通なら未来を託されるべき主人公のティーダまで消えるところにある。
普通の世代交代ものなら
旧世代が退場する
↓
新世代が未来を生きる
で終わる。FF10は違う。未来を作った若者自身も、その未来を見ることができない。世界を救うためには祈り子を解放しなければならない。祈り子の夢であるティーダも、それによって消える。
世界は救われる。ユウナたちには未来が残る。しかし、その未来を作った人間の全員が、その未来を生きられるわけではない。この不条理。
ここまで含めて、FF10という物語は完成している。余韻がある。だから続編なんて必要ない。
FF10-2以降なんてなかった。
以上。
――――――
と言いたいところなのだが。
ここで困った問題が発生する。
FF10で私が一番好きな女性キャラクターはリュックなのだが、10-2にはリュックがいっぱい出てくる。困った。
FF10の物語として考えれば、
「いやいやいや。ティーダが消えて終わったから美しいんでしょうが」
個人的にはこの意見一択。
しかしキャラゲーとして見ると、
「なるほど。続けてください」
となる。人間って弱い。
――――――
そこで、ふと思った。これこそ私が以前書いた「ゾーニング」ではなかろうか。
私はFF10-2を好きになる必要はない。
FF10の美しい余韻を壊した蛇足だと思っていてもいい。しかし、
「こんなものは存在してはいけない」
まで行く必要もない。行ってはいけない。
FF10-2が好きな人もいる。
ユウナたちのその後を見たかった人もいる。
ティーダに帰ってきてほしかった人もいる。
そしてリュックをもっと見たかった人もいる。
最後の人については私も理解できる。
だったら棚を分ければいい。
私の中では
FF10
→ 本編。ここで物語は完成。
FF10-2
→ 公式が莫大な予算を投入して制作した、極めてクオリティの高い二次創作。
これでいい。
FF10-2を正史として受け入れる必要はないし、だからといって焚書する必要もない。
「俺はそっちの棚には行かないけど、好きな人はそっちで楽しんでください」
これで済ませるべきなのだ。
――――――
「多様性」という概念は実に厄介な代物だが、思い切りかいつまむと、その本質は「自分と違うものを好きになる能力」ではない。
「嫌いな棚を容認できる余地を残せるかどうか」だ。ここだけは譲れない。
嫌いなものは嫌いでいい。
理解できないものは理解できなくていい。
問題は、
自分が嫌いだから、その棚そのものをなくして、焼いていい
という方向に転ぶか転ばないか。
ここに尽きる。
ガンダムが好きな人がエヴァも好きだと言ったところで、別に多様性は試されていない。
本当に試されるのは、
「あなたが完璧だと思っている物語に、あなたが蛇足だと思う続編が作られました。あなたは蛇足が大嫌いですが、それを心から愛している人もいます」
という状況である。
さあ、どうする。
私は答えよう。
FF10-2は蛇足だ。
だが、FF10-2が好きな人の棚まで撤去しようとは思わない。好きなだけ楽しんでほしい。
異教徒用の棚を残したまま、私はFF10の棚へ戻る。これが中島板流の多様性である。
ただし、FF10-2のリュックについては、こちらの棚でも取り扱うものとする。
そこはゾーニング対象外です。
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