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アラサー男子、初めて「松のや」に行く

「松のや」が、Xのフォロワー30万人達成記念で、
── ロースかつ定食を1週間限定550円で出している
という情報を見ました。

550円。


もうね、価格がこっちを呼んでる。
「おいで」じゃない。
「来い」だった。
なかば召喚。

こういうのを見るたびに思う。
俺はいつも、大資本の手のひらの上で踊らされている。

こっちは何もしていない。
フォローもしてない。松のやのXを毎朝拝んでいたわけでもない。ただ、知らない場所で知らない誰かが30万人になった結果、俺の晩飯が550円になる。

1か月前にニューオープンした店舗!

で、行ってきました。

初、松のや。


まず外に券売機がある。
ここで少し緊張する。初めての店の券売機、ほぼ入試。何を押せばいいのか。どこがメニューなのか。クーポンはどこにかざせばいいのか。後ろに人が来たら終わる。

前の人が割と時間をかけて悩んでいたので、こちらも後ろから操作方法をカンニング。

なんとか「鬼おろしポン酢ロースかつ定食」を選ぶ。本当に550円でした。物価高が全員で肩組んで暴れてるこの時代。圧倒的に安い。どうなってる。誰かが泣いていませんか。

で、食券が出てきた。

定食の券。
そして、豚汁券。

えっ。

豚汁つくの?

牛めしの「松屋」は何にでも味噌汁がつく、みたいな噂は聞いたことがある。牛めしにも味噌汁。カレーにも味噌汁。ビビンバにも味噌汁。あまりにも味噌汁に対する思想が強い企業。

じゃあ「松のや」は豚汁なのか。

味噌汁の兄。汁界の重役。具が多いだけで急に「食事」側に寝返るやつ。これが標準装備なのか。すごい。松屋グループ、汁に対する情熱が異常。

と思っていたら、前のお客さんの取り忘れだった。

危なかった。一応、前のお客さんに聞いてよかった。黙って持っていってたら、俺はこの先ずっと「豚汁泥棒」としてロースかつを噛むたびに罪の味がしたと思う。

店内に入ると、でかいモニターに番号が表示されている。完全に市役所。揚げ物を待っているのに、雰囲気だけは住民票。

俺の番号は287。「あと6分」と出ている。
俺のロースかつが今どの工程にいるのか、国民に開示されている。

4分後。

──「あと2分」

いいじゃない。合ってるじゃない。人生にしては珍しく計算が合ってる。あと2分でとんかつ。あと2分で俺の人生が少し衣をまとってよくなる。

1分後。

──「あと9分」

どうした。

何があった。

豚が逃げたのか。


結局、すぐ呼ばれた。

「鬼おろしポン酢ロースかつ定食」
(税込550円)

まず、ご飯がでかい。

部活じゃないんだから。


全サイズ同じ金額だったんですよ。
ご飯。
小盛、並盛、大盛、特盛。
同じ金額。

何も考えず「特盛」にした。
これが良くない。無料の増量を前にすると、人は理性を失う。胃袋の容量ではなく、損得勘定で米を選ぶ。「同じ値段なら多いほうがいい」この思想、だいたい大事な場面で自分の首を絞める。

まずは、ロースかつ。
ちゃんとしてる。550円の顔をしてない。もっとこう、申し訳なさそうにしてるのかと思ったら、堂々としてる。衣がサクッとして、肉もちゃんと肉。

そこに鬼おろし。
たっぷり。大根おろしが、思ったよりちゃんと山。雪山。とんかつの上に冬が来ている。

ポン酢は酸っぱめ。
けっこう、キュッとくる。鬼おろしと合わさると、油がサッと軽くなる。ロースかつなのに、なんか健康に寄せてくる。こちらの罪悪感を大根が引き受けてくれる。健康に気を遣っている人間の顔ができる。

あとね。

とんかつって、結局どれだけご飯を汚せるかだと思うんですよ。


白米を白米のまま帰したら負け。
世の中には汚れてから輝くものがあるんです。
革靴、職人の手、そして米。

とんかつの油、ポン酢、大根おろし。
それらをどう米に擦りつけていくか。
ご飯をどれだけ事件現場にできるか。蹂躙じゅうりんさせるか。
そこに満足度が宿る。

だから卓上のソースも行く。

特製ソース。中濃ソース。
2種類ある。

注文したのが「鬼おろしポン酢」だろうと置かれているなら、かける。これは礼儀。向こうだってかけられるためにそこにいる。調味料も出番を待っている。ベンチで肩を作っている。

まず特製ソース。
うまい。フルーツの甘み。そして水平線の彼方からカレーが少し顔をのぞかせる控えめなスパイス感。わかりやすくとんかつを盛り上げる。

次に中濃ソース。
あ、好き。こっちだ。個人的には中濃のほうが好きだった。どっしりしている。白米を汚す力が強い。

気づいたら、アホほどかけていた。

ポン酢の爽やかさとは何だったのか。せっかく大根おろしが罪を軽くしてくれているのに、こっちは卓上ソースで追加の罪を盛っている。免罪符をもらった直後に、また罪を買い足してる。

最後のほうはもう、かつを食べているのか、ソースのついた米を食べているのか、米のついたソースを食べているのかわからない。最終的に全部同じ味になる。

でも、それでいい。
とんかつ定食って、そういう乗り物だから。

食べ終わった。

腹いっぱい。

550円でここまで来るのか。こっちは初めて来ただけなのに、豚汁券の幻、時空の歪むモニター、育ち盛りの特盛ご飯、ソース二刀流まで浴びせられた。

初回からイベント量が多い。

次はちゃんと豚汁を頼みたい。

自分の豚汁を。


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