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置いていった後悔|#23

「あの時、あのまま音楽を続けていたら」

会社の飲み会だった。
昔の話になった。

学生時代、
何か夢中になっていたものはあるか。
そんな話だった。

野球をしていた人。
ダンスをしていた人。
吹奏楽をしていた人。

みんな順番に話していた。
自分の番が来る。

「何かやってたんですか?」

少し考えてから答えた。

「音楽ですね」

それだけだった。

昔は、
それだけじゃなかった。

音楽は趣味ではなくて、
もっと大きなものだった。

毎日ギターを弾いていた。
ライブハウスにも出ていた。
アルバイト代は機材に消えた。

友達と将来の話をするときも、
音楽のない未来なんて、
考えたことがなかった。

本気だった。

たぶん。

ちゃんと本気だった。

でも人生は、
本気だったものだけが残るようには
できていない。

就職した。
仕事を覚えた。
責任が増えた。

生活が変わった。
少しずつ、
弾く時間が減った。

そして気づけば、
弾かないことが普通になっていた。

後悔しているわけじゃない。
今の仕事も嫌いじゃない。

一緒に笑う人もいる。
休日に出かける相手もいる。
守りたいものだってある。

だから、
あの選択が間違いだったとは思わない。

飲み会の帰り道、
昔のことを少し思い出した。

家に帰る。
クローゼットを開ける。

奥のほうに、
黒いギターケースがあった。

何年ぶりだろう。

埃を払って開く。
少し懐かしい匂いがした。

弦は錆びていた。
チューニングも合っていなかった。

それでも、
なんとなく抱えてみる。

重さは覚えていた。
指は覚えていなかった。

少し弾いてみる。

痛かった。
昔は何時間弾いても平気だったのに。

笑ってしまった。
一曲も最後まで弾けなかった。

ケースを閉じる。
部屋は静かだった。

その静けさの中で、
ふと思った。

あの時、
あのまま音楽を続けていたら。

有名になったかどうかは分からない。
売れていたとも思わない。

そんなことは、
たぶんどうでもいい。

ただ。

ライブハウスへ向かう夜。
機材を抱えて歩く帰り道。
音楽のことで悩みながら歳を重ねる日々。

そんな人生を生きた自分も、
どこかにいた気がした。

人生は選ぶたびに、
別の人生を置いていく。

だから後悔は、
今が不幸だから生まれるものじゃない。

今が幸せでも、
会えなかった自分を思い出す夜はある。

私はギターケースを戻した。
もう一度開くかは分からない。

それでも、

あの時、
あのまま音楽を続けていたら。

成功したかどうかではなく、
あのギターを抱えたまま歳を取った自分に、
一度だけ会ってみたかった。

あとがき

今回の物語は、
「あの時、あのまま音楽を続けていたら」

という言葉と、
歌い屋さんの楽曲『遠くのままで』
から生まれました。

うたい屋さんは、
歌と短編小説を掛け合わせながら
作品を届けている方です。

曲を聴いて、
物語を読む。

あるいは物語を読んでから、
曲へ戻る。

そんなふうに、
言葉と音楽が静かに行き来する
作品を作られています。

今回の『遠くのままで』も、
最初に聴いたときから、

「言えない」
「言わない」

という言葉が、
どこか心に残りました。

人は時々、
手放したものよりも、

手放したあとも、
心のどこかで息をしているものに
立ち止まることがあります。

続けなかった夢。
選ばなかった未来。
会わなかった誰か。

今回の物語に出てくる後悔も、
成功できたかどうかではなく、
「あの人生を生きた自分に会えなかった」

という、
少し静かな種類の後悔でした。

うたい屋さんの『遠くのままで』もまた、
消えたはずなのに熱を持ち続けるものを、
そっと見つめている曲のように感じます。

うたい屋さんの作品はこちらから。


歌と短編小説を掛け合わせながら、
静かな余韻の残る作品を届けています。

もしよければ、
物語を読み終えたあとのあとにもう一度、
歌の世界にも触れてみてください。

もしかすると、
物語の中で言葉にならなかった感情が、
音になって見つかるかもしれません。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

あなたにもきっと、
遠くのまま心に残り続ける景色が
あるのだと思います。

この物語が、その記憶をそっと見つめる
時間になれたなら嬉しいです。

つむぎ
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つむぎ 見てくださるあなたがいるから、物語は続いていきます。この景色が、あなたの明日をそっと照らす「お守り」になれたら。