「大丈夫?」という言葉について考えたこと
大きな地震や災害が起きると、
「大丈夫ですか?」
「ご家族は無事ですか?」
そんな言葉がたくさん飛び交います。
もちろん その多くは善意から出た言葉だと思います。
ただ、僕自身はこれまで阪神大震災や東日本大震災、海外での津波や火山噴火など、いくつか大きな出来事に遭遇してきました。
そんな時に感じたことがあります。
心配して連絡をいただくのはありがたい。でも、こちらが混乱している時には、その一通一通に返事をすること自体が負担になることもあるのです。
特に、普段ほとんど連絡を取っていない方から
一斉に「大丈夫?」と届くと
「ありがたいけれど、今は返事をする余裕がないな」と思ったことも何度かありました。
だから僕は 災害や事故に遭った人に連絡する時は少し考えるようになりました。
自分が安心したいから連絡するのか
それとも
本当に相手の負担を少しでも減らしたいと思って連絡するのか
この二つは似ているようで違います。
今回、熊本で大きな地震があり親しい女性のご実家とご両親も被害に遭いました。彼女と話していて、このことが話題になりました。
彼女もこう話していました。
「『大丈夫?』と連絡をもらうのはありがたいけれど、いちいち返信しなければと思うと、かえって気を遣ってしまうことがある」
そして
「心配してくれるなら、言葉だけではなく、そっと見守ってくれることもありがたい」
という話になりました。
それを聞いて
「ああ、同じように感じる人もいるんだな」
と少し驚きました。
もちろん「大丈夫?」という言葉が
悪いわけではありません。
その一言に救われる人もいるでしょう。
だから僕も、以前のように
「そんな連絡はしない方がいい」
とまで言うつもりはありません。
ただ、
返信はいらないからね。
何かできることがあったら言ってね。
そんな一言を添えるだけでも
受け取る側の気持ちは
随分違うのではないでしょうか。
彼女は震災直後、幼いお子さん二人を連れて熊本へ向かいました。
熊本空港が閉鎖されている中、鹿児島空港から分断された陸路でご両親のもとへ行き 一週間 仕事を休んで寄り添ったそうです。
そして、また二度目の現地へ向かいました。
僕は最初
「今行くとかえって現地の負担にならないだろうか」
とも思いました。
でも、そんな理屈を超えて
そばにいてあげたい。
その気持ちが勝ったのでしょう。
肉親への思いというのは、やはり特別なものなのだと思います。
僕自身も誰かに「大丈夫?」と声をかける時には できる範囲で何か具体的な支援も必ず考えるようにしています。金銭的な支援でなくてもいいのです。
返事を求めない
必要な物を送る
少し時間が経ってから連絡する
ただ静かに見守る
それも立派な「心配の形」ではないでしょうか。
言葉は大切です。
でも「何と言うか」より
「相手の立場で考えられるか」
の方が大切なのかもしれません。
そんなことを 今回あらためて考えました。
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