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巡礼者たちに身を捧げた修道士

サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路に位置するスペイン北部のブルゴスに修道院を創設した修道士聖レスメスSan Lesmesが大きな丸いスィーツ、聖レスメスのリング「Rosco de San Lesmes」に変身。丸いパンやケーキは、本来巡礼者たちが巡礼杖に通して運んでいた名残り。

生クリームがたっぷり入った聖レスメスのリングのスイーツ版
聖レスメスの記念日には、聖レスメス教会に隣接した広場に聖レスメスのリングを売る屋台が。
聖レスメスのリングは糸で結ばれて販売
両手に聖レスメスのリング
聖レスメス教会外観

聖レスメス教会は、14世紀に城壁外にあった聖レスメスの墳墓から聖人の聖遺物を移葬して、教会を献堂した。

聖レスメスの記念日(1月30日)にスペイン北部の民族衣装着た信者たちで会堂が埋まる
聖人の記念日に子供たちが聖レスメスのリングを祭壇に奉献する

聖人録
聖レスメス San Lesmes

レスメスは、1035年頃フランス西部のルダンLoudunの騎士の子として生まれる。本来フランス人であることからフランス語でアロームAléaumeと呼ばれることもある。軍人として訓練を受けたが、1060年頃、両親の死後、軍人の道を捨て、神への奉仕に身を捧げることを決意した。
レスメスは、福音書(マルコによる福音書 10:21)の一節に感化され、市内の病院や最も困窮している家庭に財産を分配し、聖ペテロと聖パウロの墓を訪ねるためにローマへ巡礼した。
ローマへの巡礼の後、フランス南部のラ・シェーズ・ディウ修道院l'abbaye de la Chaise-Dieuの修道士となった。

カスティーリャ王アルフォンソ6世のフランス人妃、ブルゴーニュのコンスタンスは、1079年にスペイン北部のブルゴスBurgosに新設された修道院にレスメスを送り、修道院長とした。レスメスはサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼を行ったとされ、その後、巡礼者のためにサン・フアン・エヴァンジェリスタ病院「Hospital de San Juan Evangelista」を設立し、病院で巡礼者たちの世話をした。食事の給仕、足を洗う、病で衰弱しいる者を肩に担いで運んだりしていたという。
伝説によると、1097年にレスメスが帰天した際、病院は大火事に見舞われ、ブルゴスの人々が消火に駆けつけたが、炎は鎮火され、鐘がひとりでに鳴り始め、奇跡と解釈された。聖レスメスは、病院で亡くなった他の巡礼者たちと共に小さな礼拝堂が建てられた野原に埋葬されていた。
聖レスメスは、スペインのブルゴスとフランスのルダンの守護聖人。





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