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「海の女王」海に帰る

「海の星」の称号がある聖母マリア。スペインでは「海の女王」とも称される。聖母マリア崇敬大好きなスペインでも格別に篤い崇敬を集めているカルメル山の聖母マリア。海難事故から船乗りたちを守護することから、7月16日のカルメル山の聖母マリアの祝日を前後して、スペイン南部の地中海に臨む地域では、数多くのイヴェントが開催される。

マラガ郊外エル・パロ地区の教区教会からのカルメンの聖母マリア像のご出立

カルメル山の聖母マリアは、13世紀半ばにカルメル会の修道院長聖シモン・ストックにご出現し、その後、度々奇跡を起したことからカルメル山の聖母マリアとして崇敬が始まった。

ブランスバンドに率いられて朝の祈りの海辺の特設祭壇へ(エル・パロ地区)

カルメル山は、聖地パレスチナの港町ハイファ郊外の標高550メートルのカルメル山に修道院があったことに因む。スペイン語はカルメン。

特設祭壇での特別ミサは朝7時から始まった
聖母子像の幼きイエスも手にスカプラリオを

スカプラリオとは、ラテン語のスカプラエ(肩)scapulaeから名づけられた。スカプラリオには、修道者用に肩からかけて着用するものと信者が護符のように首にさげるものの二種類ある。
修道者用スカプラリオは、7世紀頃からベネディクト会の修道者の間で着用され始めた。現在、修道士と修道女が着用する修道服の一部となっている。

フラメンコの国らしく聖歌もギターで伴奏
通常は、祭壇後方上部に顕示されているカルメンの聖母マリアも記念日は祭壇前に(マラガ)
聖母マリアのスカプラリオに口付けする信者たち(マラガ教区教会)
マラガの教区教会の祭壇後方の聖母マリアと聖シモン・ストック像

言い伝えでは、カルメル会の第6代総長英国人のシモン・ストックが修道会再建のために尽力していたところ、1251年7月17日、英国のケンブリッジでシモンに聖母マリアがご出現なされた。(他の典礼との調整で任意の記念日は1日前に設定された)
聖母は「愛する息子よ、このスカプラリオを受け取りなさい。これは兄弟会の象徴となり、あなたとすべてのカルメル会士にとって特別な恵みのしるしとなるでしょう。これを身につけて死ぬ者は、永遠の火に苦しむことはありません。これは救いのしるしで、危険からの守りであり、平和と調和の証です。」と言って、手にしていたスカプラリオをシモンに授けたという。

マラガの教区教会の入り口では、聖母マリア・カルメン・グッズが販売される
マラガの教区教会の壁にマヨルカタイルで描かれたイエスと聖母マリア
教区教会の周辺のカフェやブティックには、カルメンの聖母マリアの日のポスターが

スペインでは、マリア・カルメンという人名も一般的だ。聖母マリア崇敬に篤いジプシー社会では、カルメンだけで人名として受け継がれた。プロスペール・メリメの小説の主人公の名前「カルメン」もカルメンの聖母マリアに由来する。

トレモリーノスのカルメンの聖母マリア教会に顕示されたカルメンの聖母マリア像
トレモリーノスの教会の中央に顕示された聖像と海員信心会の担ぎ手たち
夕刻7時に教会から海岸の特設祭壇まで約2時間のプロセッションにご出立
信心会のプロセッション参加者は、首にスカプラリオを下げて参加する
プロセッションの責任者たちは、茶色の大きなスカプラリオを首から胸と背中にさげる
海岸線の砂浜に築かれた特設祭壇でトレモリーノス司教により夕べの祈りが司式された
夕べの祈りの後、海を祝福する司教
海への祝福の後、カルメンの聖母マリア像の海へのご帰還を海に入って待つ信心会の娘たち
多くの信者に担がれて掛け声と共に海に帰るカルメンの聖母マリア像
セレモニーの最後に女性の信徒たちが御輿を担ぎ、参加者全員で頌歌(サエタ)をかけ合う
23時頃、海辺から教会への帰路につく。早朝2時頃教会に帰還
トレモリーノスのカルメンの聖母マリア教区教会の入り口横のタイルで描かれた聖画

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