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エッセー✏️『それは仲谷昇さんだった』

今から 25、6年くらい前のこと。

その日は 親戚の叔父さんの お葬式だった。
あいにくの雨で 
私は 従姉の車に便乗して 斎場に向かった。

従姉が助手席に 運転はその夫。
後ろの席に私と 従姉の母である叔母さん。

途中でもうひとり、どこかの大きな通りの
道路沿いで待ってるはずの 
" 中野のおじさん" を 拾って行くのだという。

雨はかなりの どしゃぶりで
右に左に ひっきりなしのワイパー。

みんなは あれやこれや
亡くなった叔父さんの 思い出話に花が咲いた。

そのとき 助手席の従姉が
あっ、おじさんだ、と言った。
 
前方を見ると 確かに道路端で
黒い服の人が 黒い傘を傾けて 
こちらを伺っている。

車がスイーと近づいて ドアを開け 
車内の4人が その人の顔を覗いた。
向こうも腰をかがめて こちらを覗いた。

それは仲谷昇さんだった。

「あらっ、仲谷昇さんですか?」
従姉が言った。
「あ、ほんと、仲谷昇さん!」
叔母さんが言った。

仲谷さんは 
あ、いや、どうも、みたいに
はにかむように笑って
「僕はタクシーを拾おうと・・・」

「ごめんなさい、叔父と間違えまして」
「私のすぐ上の兄で・・・」
「今日、お葬式なんですの・・・」
「肝臓をやられまして・・・」
「仲谷さん、いつも拝見してます」
「お宅はこちらの方で?・・・」

このお喋り親子
ジャスミンなど 口を挟む隙間もございません。

「で、どちらまで? なんならお送りしましょうか」 

おいおい、
" 中野のおじさん" は どうするんだい。

仲谷さんは
いやいや、どうも・・僕は・・と
掌をひらひらさせて 車から離れ

私たちも名残惜し気に 頭を下げて
車を発進させた。  

計算すると 仲谷さんは
この頃、70歳くらいかな・・

「歳は取られたけど、素敵ね」
「スマートね、やっぱり俳優さんは違うわ」
「声もいいし、感じもいいし・・」 
ああだ、こうだ・・・

おばさんが言った。
「京子がいたら、喜んだでしょうね」

京子は この叔母さんの妹で
亡くなった 私のお母さんで
そして 
仲谷昇さんが好きだった。

生きていたら 間違いなく
この車に乗っていたはずで
なんとなく 車内が静かになった。

しばらく走ったとき 前方を見て
従姉がつぶやいた。

「あれ、おじさんだわね、どう見ても・・」
「そうね、どう見ても・・」

ずんぐりむっくり、
年頃は同じなのに ああも違うものかしら
おじさんをこきおろし
また車内は賑やかになった。

仲谷さんにお会いしたのは
時間にすれば
ほんの2分ほどの 出来事だったけれど

この何年か後 
仲谷さんが亡くなったとき
私は この日のことが 
色濃く思い出されて ちょっと泣けた。

          〇

文学座出身の仲谷昇さん。
劇団では野球部のエース。
ジャイアンツ・ファンで 競馬好きで ヘビースモーカー。
1日100本煙草を 吸っていたそうです。

はじめの奥様は
文学座時代からの同志・岸田今日子さん。

お二人は 1歳違い
共に映画デビューが
私の大好きな 今井正監督『にごりえ』

心優しき放蕩息子・石之助役の仲谷昇さん

20年以上の結婚生活を経て 
離婚されましたけれど

お二人の縁は とても深いものだったようで
仲谷さんが亡くなったのは
2006年の11月16日
今日子さんも 同じ
2006年の12月17日に 亡くなりました。

おしどり夫婦と 言われていた頃のCM
覚えています、懐かしい。


おしまい



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