30年前、美容師に「ハゲますね」と言われた
これは、コロナ後遺症で歩けなくなった元部長が、人生ハードモードの中で
なんとか笑いを見つけた話です。
しんどい状況でも、少しだけ笑って息をしたい人に読んでもらえたらうれしいです。
予言どおり……ハゲてきた。
現在48歳、コロナ後遺症で満足に歩けず、ただいま大殺界まっただなか。
自分の人生を振り返る上で、髪のことはどうしても外せない。
小学2年生の頃、ストレスで10円ハゲができた。
坊っちゃん刈りの左側に、ぽっかりと。掃除の反省会という今思えば謎の会の最中に風が吹いて一瞬髪がふわっと舞った。
「あ、ハゲ。」
一人の女の子がつぶやいた。
次の日、学校に行きたくなくなっていた。
まだ人生が始まったばかりのボクは、絶望の笑い方を知らなかった。
この頃から、髪との因縁が始まる。
小学4年生の頃、ジャッキー・チェンに憧れて少林寺拳法を習いはじめた。護身術だと知ってガッカリしたけど続けていたら全国大会に出られるまでになった。
ただ全国大会に出場するには丸坊主にするという道場の決まりがあり、ボクは丸坊主がダサいと思って出場をやめた。
その翌年も出場権を獲得した。父親が、出場したらゲームボーイを買ってくれると誘惑してきた。短めのスポーツ刈りにして、坊主と言い張って出場した。
中学生の頃、塾に別の中学の男子がイケてる髪型をしていた。ツーブロックだ。かっこいい。自分もした。
今でこそポピュラーだが、30年前は珍しかった。我が中学で初のツーブロッカー。
担任に呼ばれて、直してこいと言われた。直す?ツーブロックは不可逆だ。
強引に刈り上げるしかなく、我が中学いちのモノ珍しい髪型になった。
高校生の時の部活では、赤点をとったら坊主にするという謎の伝統があった。
数学でやらかしたボク。ついに抗えない時がきた。
1000円カットの理髪店で坊主を注文すると、店員たちがバックヤードでジャンケンする声が聞こえた。一人がにやにやと現れ、バリカンでど真ん中から刈っていかれた。
最悪の流れで坊主になった。
高校からは色気づいて美容院で切りたいと思うようになった。今でこそ小学生が美容室に行ったって珍しくないが、当時はそんな感じだ。
母や姉がお世話になっている近所の美容院に、ボクも行くことにした。もちろん現代にあるようなオシャレなお店ではないが、美容院で切っているという事実がボクには重要だったのだ。
行くとやさしげなお兄さんが担当してくれた。
何度か通ったあるとき、ボクの髪を見ながらこんなことを言われた。
「これ、きますね。」
〝きます〟…とはなんだ?
一拍置いて気づいた。
「いずれハゲますね。」のことだ。
とんでもないことを言っている。客に向かって。
もちろん当時ハゲていたわけではない。薄くなってもないし、デコが広がってもない。
その美容師さんの経験則からの予言。
やさしい口調で鋭利な一言。ボクは小学2年で10円ハゲができるほど弱いハートの持ち主なのに。
その日からハゲ恐怖症になった。どうしよう。ハゲたくない。とりあえず育毛剤を買って、自分の部屋でこっそり使った。規定量よりも多く使った。
ある日、クラスの女子から「お兄ちゃんと同じ匂いがする。」と言われた。キミのお兄ちゃんも頑張っているんだな……じゃない、バレる。やばい。
毎日悩んだ。よく考えた。どうしたら食い止められるかを。
結局行き着いたのは、「悩むことが頭皮にとっていちばん良くないんじゃないか?」ということだった。
ボクはハゲによって10代で少し達観しかけた。
で、さっぱりと諦めた。ハゲの人生を選ぼう、と前向きに考えることにした。
そう、ハゲではない。スキンヘッドだ。
マイケル・ジョーダンだ。
そうと決めたらスキンヘッドの似合う職種に就きたいと思った。
スキンヘッドなら、黒縁メガネにヒゲが似合う。一つのセオリー。オシャレなデザイナーっぽい。よし、なんらかのデザイナーになろう。
…いや待てよ、逆に美容師もありかもしれない。スキンヘッドの美容師。うん、悪くない。
デザイナーなら美大だ。
美容師なら専門学校だ。
父親は「4年制大学に行け」と言った。浪人も認めないと。
結局、一般大学を受け、全部落ち、泣きついて美大を受けた。
そこから映像の仕事に流れ着き、なんやかんやあって今ココってやつだ。
美容師さんの「これ、きますね。」が、ボクの人生に大きな影響を与えた。
しかし、大学時代も社会人になっても〝きてない〟。
なんだ大丈夫じゃないか、と安心して過ごして25年。
大殺界とともに〝きた〟。
後遺症で会社にも行けず、病院以外は外出もしないので、髪は年に一回妻に切ってもらう。長髪のときは、後で結ぶ。
ある日のリモート会議でふと気づいた。
ボクのデコってこんなかんじだっけ?
会議に集中できない。
…なんかボク、ひょっとしてハゲてきた?
PC画面に共有されたデコ全開男を見て思った。
実はコロナ後遺症で脱毛の症状もあった。
といっても、普段より抜け毛が1.5倍くらい多い程度。
…それはそれとして、だ。
妻に確認してみる。
「そうかな〜。前からこんな感じじゃない?」
ハゲてない派だ。
その反応は愛情からくるやさしさなのか?
それとも、単に興味がないのか?
妻には悪いが、ハゲている。正確にはハゲ始めている。
本人が実感しているんだ。
度々妻に確認してみるが、妻はハゲてない派を貫く。
思い出した。
4年前、キッチンの戸棚が開いているのを知らずに振り向いたら、扉の角に額の生え際をぶつけて流血した。
今でもそのときの傷が残っている。
当時写真を撮っていたので見返してみる。髪を分けて傷がよく見えるようにしている確認写真だ。その傷は今、髪を分けなくても見えているのだ。
ほれみたことか。ね、ハゲてるでしょ?
妻は「あ、ほんとだー。」
あっさり納得した様子。
…軽い!
30年という長い年月を背負ったヘビーな問題なんですけど。
現在80歳の父親は、ハゲていない。フサフサだ。
ボクもそうでありたかった。
が、しょうがない。だって大殺界だもの。
そこは「気にしない戦法」でいこうと思う。
気にすると10円ハゲができちゃうし。
拝啓、30年前の美容師さん。
ボク、あなたの予言したとおり、しっかりと〝きました〟。
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