リング名『鬼母マスク』【子育てエッセイ】
最近、自分が悪役レスラーに見えてきました。
リングネームはたぶん、
「鬼母マスク」。
得意技は、
「早くしなさいボンバー」
と
「宿題やったのラリアット」
です。
毎朝、自宅リングに上がります。
ゴング。
カーン。
第一試合。
小学一年生 VS 鬼母マスク。
「靴下はいて!」
「歯みがいて!」
「ランドセル閉めて!」
私は次々と技を繰り出します。
観客席からは大ブーイングです。
するとそこへ、正義のレスラーが現れます。
夫です。
「まあまあ」
と言いながらリングイン。
会場は大歓声。
息子も大喜びです。
やれやれ。
また今日もヒーローの登場です。
しかし試合を続けているうちに、私はあることに気づきました。
どうやら夫は、いつも正義の味方というわけではないのです。
私がリングを降りると、
今度は夫が
「前を向いて食べなさい」
と技をかけ始めます。
おや?
ヒーローが悪役技を使っている。
これはどういうことだ。
さらに別の日。
会場には特別ゲストがやってきます。
優しいおばあちゃんです。
「まだ小さいんだから」
「そんな一気に言われてもねえ」と言いながら息子を抱きしめます。
会場はさらに大歓声。
おばあちゃん人気は絶大です。
対する私は、
「動画終わり!」とマイクパフォーマンス。
大ブーイングです。
なんでしょう。
この興行。
私だけ人気がありません。
ところが最近、裏方の事情を知ってしまいました。
どうやらヒーローも、おばあちゃんも、
私という悪役がいないと成立しないらしいのです。
悪役がいるから、ヒーローは助けられる。
悪役がいるから、優しいおばあちゃんは優しくなれる。
つまり私は、
家族プロレス界を支える重要人物だったのです。
まさかの主催者側。
しかし、ここでひとつ問題があります。
私は別に悪役になりたくてなったわけではありません。
気づいたらマスクを被らされていたのです。
しかも無報酬。
もちろん、ギャラもありません。
花束贈呈もありません。
あるのは、
「早くして!」の連呼だけ。
できれば年に一度くらい、
「鬼母マスクありがとう賞」くらい欲しいものです。
そういえば母の日というものがあります。
あれはたぶん、
悪役レスラーたちの表彰式です。
年に一度、
「いつもブーイングをありがとうございます」とカーネーションが支給される日です。
毎朝リングに立ち、
観客から文句を言われ、
試合を成立させてきた功績が称えられるのでしょう。
そう考えると、あの花にも少し違った重みを感じます。
しかし現実は厳しく、今日も私はリングに立ちます。
「靴下はいてー!」
ゴングが鳴ります。
夫が飛び出してきます。
おばあちゃんが声援を送ります。
そして当の主役である息子は、リングの外でダンゴムシを眺めています。
どうやら彼だけは、この興行に参加していないようです。
おしまい
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