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🎆『時計塔の鐘が鳴る頃 』



―鐘が十二回鳴る間だけ、時間が止まる。二人だけの世界が始まる。―



七月。


昼間の熱気がようやく静まり始める頃。


町の中心に立つ古い時計塔は、

昼間の喧騒が嘘だったかのように静かに夜空を見上げていた。


蝉の声はまだ遠くで響き、

夜風はどこか夏草の匂いを運んでくる。

時計塔には、誰も知らない秘密があった。


夜十二時。



鐘が鳴る、そのわずかな時間だけ。

世界中の時間が止まる。

動けるのは、たった二人だけ。



「今年も、夏が来たね。」


美月は夜空を見上げた。


白いワンピースの裾を風が揺らす。

隣には幼なじみの悠斗。


二人は毎晩、十一時五十九分になると時計塔の下で待ち合わせをしていた。


やがて——。



ゴォォォン……

一回目の鐘が鳴る。



その瞬間だった。



夜風が止まる。


街路樹の葉が揺れる途中で静止し、

飛び交っていた蛍は光を灯したまま宙に浮かび、

祭り帰りの人々は笑顔のまま動かなくなる。


遠くで打ち上げられた花火も、

夜空に大輪の花を咲かせたまま止まっていた。

世界は静寂に包まれる。


動いているのは、

美月と悠斗だけだった。



二人は止まった町を歩く。



金魚すくいの屋台。

色とりどりの風鈴。

綿菓子の甘い香り。

夜店に並ぶりんご飴。


止まった時間の中では、

誰にも見つからない。


「今日は何をしよう?」

「花火を近くで見よう。」


二人は笑いながら坂道を駆け上がる。


空いっぱいに咲いた大輪の花火。

赤も、青も、金色も。



すべてが止まったまま、

二人だけを照らしていた。


「こんな近くで見られるなんて。」


美月は目を輝かせる。


「毎年、この時間が一番好き。」


悠斗も笑った。


十二回しかない鐘。



けれど、

二人にとっては一年で一番大切な時間だった。



ある夜。



七回目の鐘が鳴った頃だった。

美月が静かに口を開く。


「ねえ……。」

「うん?」

「今年の花火大会。

最後まで見られないかもしれない。」


悠斗は言葉を失った。


美月は少し前から入退院を繰り返していた。

けれど詳しいことは聞かなかった。


聞けば、

現実になってしまう気がしたから。


「先生が言ってた。」


美月は微笑む。


「今年の夏が、一番大事な夏になるって。」


夜空には止まった花火。



その光だけが、

彼女の涙を優しく照らしていた。



翌日からも、

二人は毎晩会った。


止まった世界で、

風鈴を鳴らして歩いた。


誰もいない神社の石段に座り、

止まったラムネの泡を眺め、

蛍を掌に乗せて笑った。


「ねえ悠斗。」

「もし来年、

私が来られなくても。」

「そんな話するな。」

「お願い。」


美月は空を見つめる。


「夏が来たら、

ちゃんと笑って。」



七月最後の夜。



町では花火大会が開かれていた。


浴衣姿の人たち。

屋台の明かり。

子どもたちの笑い声。


そして。

時計塔の鐘が鳴る。


一回。

二回。

三回。

世界が止まる。


夜空いっぱいに広がる大輪の花火。


まるで時間そのものが、

二人のためだけに咲いているようだった。



「きれい……。」

美月は小さく呟く。


「ねえ。」

「うん。」

「ありがとう。」

「何が?」

「今年の夏を、

私の一番幸せな夏にしてくれて。」

悠斗は首を横に振る。


「来年も見る。」

「再来年も。」

「ずっと。」

美月は優しく笑う。


「時間は止まるけどね。」

少しだけ目を閉じる。



「命は、

季節と一緒に流れていくんだ。」

十一回目の鐘。


二人はそっと手を繋いだ。



最後の、

十二回目。



ゴォォォン……

世界が再び動き出す。


夜空の花火が一斉に開き、

歓声が町中へ響き渡る。


夏風が吹き抜ける。

浴衣の人々が歩き始める。



悠斗の隣には、

もう誰もいなかった。




数日後。



美月は静かに旅立った。


病室の窓から見えた最後の景色は、

青く澄んだ夏空だったという。



それから一年。



七月。


町ではまた花火大会が開かれる。

悠斗は時計塔の前に立つ。


風鈴が涼しい音を奏で、

夜風が優しく頬を撫でる。


十二時。

鐘が鳴る。


一回。

二回。

その瞬間。


花火の光の中で、

白いワンピースを揺らしながら微笑む美月の姿が、

一瞬だけ見えた気がした。



「今年も夏が来たね。」



風がそう囁いた気がして、

悠斗は空を見上げた。


夜空では、

今年最初の大輪の花火が、

誰かの幸せを願うように、

静かに、そして美しく咲いていた。




それ以来、この時計塔には、こんな言葉が残っている。


「時計塔の鐘が十二回鳴る頃、

大切な人を思い浮かべた者は、その人との一番幸せだった夏に、

ほんの一瞬だけ帰ることができる。」


だから今年も、人々は花火を見上げながら、そっと誰かを想う。


夏は終わっても、

愛した記憶は終わらない。



時計塔は今夜も静かに、

その優しい奇跡を刻み続けている。🎆🕰️🌻







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