洪水と矯正施設 ~ 史料が伝える受刑者の貢献~
【昭和13年・土浦洪水】
昭和13(1938)年6月末、梅雨前線による豪雨で霞ヶ浦の水位が上昇し、周辺の河川が氾濫しました。この災害により、水戸刑務所土浦刑務支所は大きな被害を受けました。昭和13年は全国各地で水害が相次いだ年でしたが、霞ヶ浦流域では平常時の水位に戻るまで約1か月を要するほどの大洪水となりました。
◎『刑政』第51巻第8号・第9号(1938年) 刑務所便り

『刑政』第51巻第8号では刑務所便りで、洪水に襲われたときの状況が報告されています。(「水害状況」pp.129-130)
続く第9号の刑務所便りでは、中学校へ収容者を避難させた経緯や、避難後に刑務官と収容者が人命救助に当たった様子が、4ページにわたって詳しく記されています。(「水害詳報」pp.89-93)
その中で、氾濫により水没した町で収容者が献身的に救助活動をした様子が記され、讃えられています。
一級受刑者二十名を出業せしめ戒護課長監督督勵に當り救助作業に就かしめるために胸を没する泥水中に於て一般人の遙かに及ばざる獻身的活動を為し以て同地方をして安泰ならしめこれ亦収容者に對する認識を新にせしめたり。
(『刑政』公開URL)
・第51巻第8号:https://jca-library.jp/kangokukyoukaizassi/PDF/vol51/51-8.pdf
・第51巻第9号:https://jca-library.jp/kangokukyoukaizassi/PDF/vol51/51-9.pdf
【昭和24年・長野洪水】
昭和24年9月23日、長野市を流れる裾花川の堤防がキティ台風の豪雨により決壊しました。氾濫した水は、当時の長野市のおよそ半分を浸したと言われます。
◎菊地信之亟著『裾花の薫―裾花川出動』(稿本)

『裾花の薫』は、昭和24年の裾花川決壊の際、受刑者1,000人を災害復旧に出動させた当時の長野刑務所長・菊地信之亟による記録です。平成19年に、遺族から矯正図書館へ寄贈されました。
裾花川の決壊で大きな被害を受けた長野市は、堤防の応急工事を行うことにしましたが、人手が不足していました。そこで市は、長野刑務所に受刑者1,000人の出動を要請しました。
当時、長野刑務所には約1,400人の受刑者が収容されていました。病人や高齢者などを除けば、ほぼ全員が出役することとなります。受刑者が施設外へ出て土木作業を行うこと自体は、戦後間もない昭和20年代には珍しいことではありませんでした。しかし、1,000人もの受刑者を一度に出動させることは、前例のない規模であり、逃走などの事故を危惧する声もありました。
それでも、菊地所長は「被災者を救済する者は刑務所の受刑者をおいて他に求めることが出来ない、是非協力されんことを頼むと言われてみれば、受刑者の事故発生を極度に恐れて出動を拒否するとすれば、罹災者を見殺しにするに等しい」と述べ、出動を決断しました。
また、グラウンドに集まった受刑者たちには、「本日私は諸君を信頼する。私の信頼に応えて裾花川の堤防決壊地点を完全に堰き止めて罹災者を救済して貰いたい。」と呼びかけました。
これに応えた受刑者たちは、10月2日までの9日間昼夜を問わず働き、1人の逃走者も出ませんでした。
受刑者たちの働きに、市民は差入れをするなど温かく応えました。
長野刑務所はその後移転しましたが、市民によって建立された「裾花の薫」記念碑も一緒に移設されて、当時の出来事を静かに伝え続けています。

[参考文献]
倉見慶記 編(1988). 『矯正風土記 上巻』. 矯正協会, pp.610-611
椿百合子(2013).「受刑者による災害救援出動の記録 『裾花の薫』を伝える」『刑政』124巻4号, pp.94-104
【昭和28年・九州地方水害】
昭和28(1953)年6月25日から29日にかけて、梅雨前線を原因とする集中豪雨により、九州地方北部の筑後川や白川などが氾濫し、福岡県・佐賀県・熊本県・大分県の多くの場所で洪水をもたらしました。
◎『九州矯正』第8巻第8号(1953年) 「水害特報」

『九州矯正』は、福岡矯正管区が昭和21(1946)年から発行している、矯正職員に向けた機関誌です。矯正に関する論文のほか、教養や、各施設のクラブ紹介など、幅広い内容となっています。
第8巻第8号で、口絵の写真と共に昭和28年の九州地方水害における各施設の水害状況を掲載しています。
また、受刑者の出動状況が一覧表にまとめられています。福岡刑務所、小倉刑務所、麓刑務所、佐賀少年刑務所、熊本刑務所、大分刑務所の6施設で、10箇所の復旧作業に従事しました。
現在では災害時の復旧活動には自衛隊をはじめ多くの機関が参加しますが、本資料からは、昭和20年代には受刑者が各地の復旧作業を支える重要な存在であったことがうかがえます。
