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情熱は、年齢とともに衰えるのか

数日前、66歳で司法試験に合格し、弁護士になった粟田晋二さんのインタビュー記事を読んだ。

粟田さんは、大学卒業後、総務省などに32年間勤務。55歳で退職し、司法試験に挑戦。5回目の受験で、2023年に最高齢で合格したという。

学生時代に司法試験を受けたが合格には至らず、その後は公務員になった。

それでも、弁護士への憧れを捨てきれなかったそうだ。

還暦を前に仕事を辞め、司法試験に挑戦する。

普通に考えれば、かなり勇気のいる決断だ

けれど、粟田さんの言葉で印象に残ったのは、合格そのものについてではない。

粟田さん曰く、わからなかったことを知ることや、新たな問題点を見つけること自体に達成感があり、「受験にかけたお金や努力の対価は、すでにその過程ですべて返してもらっている」とのことだ。

このような考え方ができる人を、私は心から尊敬する。

年齢を重ねるにつれて、「何をいまさら」と夢を諦める人は多い。

少なくとも、今の私はかなり弱気だ。

20代、30代までは、もっと堂々と夢を語っていた気がする。

けれど中年期に入ると、それは実現可能な夢なのかと、どうしても現実的なことを考えてしまう。

残された時間も、限られてくる。

それでも、私は夢を見る

いつか、自分の書いた本が書店に並ぶこと。そして、読んでもらうこと。

可能性は低い。

それでも、他のことを犠牲にしながら、多くの時間を「書くこと」に費やしてきた。

時々、考える。

この時間は、いつか報われるのだろうか、と。

好きで書いているのだから、それでいいじゃない、と思う自分もいる。

一方、真剣に向き合えば向き合うほどエネルギーを使い、自分の世界に閉じこもっていくような孤独を感じることもある。

きっと、情熱に年齢制限はない。


それでも、先の見えない霧の中で、好奇心や気力を、いつまで保ち続けられるだろうか、と考えてしまう。

不確実な先だけを見ていたら、情熱の方が先に息切れしてしまうかもしれない。

葛藤は続く。

いや、粟田さんの言うように、たとえ思うような結果が出なくても、費やした時間が無駄になるわけではないのだ。

そこから何かしらの価値が生まれ、自分の中になかったストーリーが形になっていく。

せめて今は、この過程を楽しみたい、と思う。

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