情熱は、年齢とともに衰えるのか
数日前、66歳で司法試験に合格し、弁護士になった粟田晋二さんのインタビュー記事を読んだ。
いくつになっても情熱を失わない生き方、尊敬します。自分もこうありたいと思わされる記事でした。
— ATF@ウェルネスリトリート (@ATF_TOKYO) August 10, 2026
「66歳で司法試験に合格」20代のとき果たせなかった未練…32年勤務→55歳で総務省を退職し“新人弁護士”になった理由(東洋経済オンライン)#Yahooニュース #リカレント https://t.co/Pvzx1dxLes
粟田さんは、大学卒業後、総務省などに32年間勤務。55歳で退職し、司法試験に挑戦。5回目の受験で、2023年に最高齢で合格したという。
学生時代に司法試験を受けたが合格には至らず、その後は公務員になった。
それでも、弁護士への憧れを捨てきれなかったそうだ。
還暦を前に仕事を辞め、司法試験に挑戦する。
普通に考えれば、かなり勇気のいる決断だ。
けれど、粟田さんの言葉で印象に残ったのは、合格そのものについてではない。
粟田さん曰く、わからなかったことを知ることや、新たな問題点を見つけること自体に達成感があり、「受験にかけたお金や努力の対価は、すでにその過程ですべて返してもらっている」とのことだ。
このような考え方ができる人を、私は心から尊敬する。
年齢を重ねるにつれて、「何をいまさら」と夢を諦める人は多い。
少なくとも、今の私はかなり弱気だ。
20代、30代までは、もっと堂々と夢を語っていた気がする。
けれど中年期に入ると、それは実現可能な夢なのかと、どうしても現実的なことを考えてしまう。
残された時間も、限られてくる。
それでも、私は夢を見る。
いつか、自分の書いた本が書店に並ぶこと。そして、読んでもらうこと。
可能性は低い。
それでも、他のことを犠牲にしながら、多くの時間を「書くこと」に費やしてきた。
時々、考える。
この時間は、いつか報われるのだろうか、と。
好きで書いているのだから、それでいいじゃない、と思う自分もいる。
一方、真剣に向き合えば向き合うほどエネルギーを使い、自分の世界に閉じこもっていくような孤独を感じることもある。
きっと、情熱に年齢制限はない。
それでも、先の見えない霧の中で、好奇心や気力を、いつまで保ち続けられるだろうか、と考えてしまう。
不確実な先だけを見ていたら、情熱の方が先に息切れしてしまうかもしれない。
葛藤は続く。
いや、粟田さんの言うように、たとえ思うような結果が出なくても、費やした時間が無駄になるわけではないのだ。
そこから何かしらの価値が生まれ、自分の中になかったストーリーが形になっていく。
せめて今は、この過程を楽しみたい、と思う。
