【13】「ついでに情報を得る」ということが知識を広げる
長男に仕掛けた「机の上にPCを置く」という戦略は、のちに小学生になった弟と妹にも同じように適用していきました。我が家の学習机には、当たり前のように1人1台のPCが並ぶ。そんな光景が日常の当たり前になっていきました。
こう書くと、一部の読者の方は「元からお金があるからできた、贅沢な教育投資でしょ」と思われるかもしれません。
ですが、はっきりと否定させてください。当時の我が家は、決して裕福ではありませんでした。
当時、私たちは家賃の安い公営住宅に住んでいました。子どもたちの机に置いたPCは、すべて私が中古で買って数年使い古したものです。私はこれまでに何台もPCを購入してきましたが、子どもたちが大学進学時に必要としたもの以外で、新品で買ったPCは人生でたったの2台しかありません。ヤフオクで安く競り落とした中古品ばかりです。
子どもの学力は親の年収に比例するのは本当か?
当時、テレビでは盛んに「子どもの学力は親の年収に比例する」と言われていました。
私はその言葉を聞くたびに、「そんなことはない!」と強く反発していました。
もちろん、当時は地元トップの修猷館高校や、京都大学に行けるなど夢にも思っていません。しかし、「親の年収が低くても人並みの教育はできるし、何もしなくても上位30%くらいには絶対に行ける。いや、それくらいは当然だ」と思っていました。
なぜなら、世の中には勉強を全くしない人が一定数います。授業をただ聞いているだけでそういう人たちよりは上に行けるし、真剣に聞いていればさらに上に行ける。真面目に取り組めば、上位30%に入るのは決して不可能な数字ではないという、私なりの冷静な勝算があったからです。
結果は、子どもたちは中学校になった時のエピソードをお待ちください。
教育の本質はお金をかけることではなく、親が知恵を絞って「環境」を用意し、子どもの可能性を引き出すこと。
子どもの学力は必ずしも親の年収に影響しない、世間の凝り固まった「常識」をひっくり返すことは十分に可能なのです。
我が家の鉄則。インターネットもゲームも「無制限」
もちろん、環境を用意したあとも、一般的な「常識」とは真逆の闘い方をしました。
子どもたちのPCには、使用時間の制限もインターネットの制限も、一切設けなかったのです。ニンテンドーDSもWiiも、やりたいだけやらせる。
「飽きるまでやり抜く」ことで、彼らはゲーム機という『与えられた遊び』の底を早々に知り、早々とゲームを卒業し、自ら次の興味(PC)へと向かっていきました。
彼らにとって勉強やネットで未知のものに出会うことは、どんなゲームより楽しいことだったのです。
親がルールで縛っては、子どもの「もっと知りたい」「これ何だろう」という自発的な発見の芽を摘んでしまいます。ただ環境だけを置いて、あとは制限をかけずに野生に放つ。これこそが、我が家の「自走する子育て」の揺るぎない原点でした。
親としてのもう一つの密かな目標
実は、長男が小学校に入学したとき、私はPCを置くことともう一つ、自分自身にある目標を課していました。
「長男が中学校に入学する頃には、私が英語を話せるようになること」
長男が中学生になって、もし英語でつまずいたら大変です。
その時は、親である私も一緒に勉強することが大切だと考えていたからです。
そのために、私は本屋で何冊もの中学校レベルの英語の参考書を熱心に見比べ、最終的に1冊の参考書を買い求めました。
数年後知ったことですが、その本は、なんと「東進ハイスクール」の参考書だったのです。
当時は、少なくともここ福岡では、東進なんてまだ世間一般には聞いたこともないような予備校の時代です。のちに「今でしょ!」で大ブレイクする林修先生が所属する予備校の参考書を、私は2007年の時点で手にしていました。
私がその参考書を買う決め手となったのは、構成がシンプルで分かりやすかったことはもちろん、何より「ちょっとした雑学的な、ついでに得られる情報」がたくさん散りばめられていて、読んでいて最高に面白い内容だったからです。
結果から言うと、私は英語を話せるようにはなりませんでした(笑)。結局、中学生になった子どもたちのほうが、よっぽど英語をよく理解していました。しかし、この「中学レベルの英語なら、私でもなんとなく分かるぞ」という親の心の余裕と、何より「ついでに情報を得る楽しさ」を知った原体験は、我が家にとって大きな意味を持つことになります。
心地よい挫折と、ネットサーフィンが育んだ「真の成果」
少し先の話になりますが、子どもたちが小学校高学年になった頃、私はさらなる仕掛けを試みました。「ただ情報を消費するだけでなく、何かを創り出す喜びを知ってほしい」と考え、CG(コンピューター・グラフィックス)ソフトをPCにインストールしてみたのです。
しかし、これはさすがに当時の小学生には高度すぎました。思うように操作ができず、子どもたちは早々にCG制作からは手を引きました。親としては「使いこなせれば面白いぞ」という期待もありましたが、この挫折は決して無駄ではありませんでした。「自分にはまだ早い」「これはこういう仕組みなんだ」と知ることもまた、立派な発見だからです。
CGソフトは使いこなせなかった彼らですが、代わりに没頭したのが「ネットサーフィン」でした。自分の好きなこと、疑問に思ったことを、時間の制限なく気の済むまで検索し続ける。
もちろん、このころには、キーボードはスムーズに打てるようになっていました。
これこそが、のちに彼らを「自走」させる最強の武器になりました。ネットの海を漂ううちに、彼らは無意識のうちに、私が東進の参考書で魅了されたあの「ついでに情報を得る」という最高の習慣を、自ら身につけていったのです。
一つの疑問を調べる過程で、関連する別の情報が目に入る。
「Aを調べていたら、実はBという背景があることを知った」や、「Dを調べていたら、Eという情報が目に入った」とか。
この「ついで」の積み重ねが、彼らの知識の幅を圧倒的に広げ、多角的な視点を育てていきました。
私がぼんやり描いていた「中学生でPC、高校生でLANを理解し、構築する」という目標。結局、彼らは私に教わるまでもなく、自らPCを操作し、必要な情報を手に入れていきました。
ただ、ネットワークについては、彼らにとっては、意識もせず存在しているもののため、その存在にすら気づかず、教えてもなかなか身につかないものでした。
「分からないことは、まず自分で調べる。検索して、その周辺の面白い情報までついでに吸収する」
このシンプルな、しかし最も重要な「自律の姿勢」は、おそらくあの自由なPC環境から生まれたものです。
彼らが中学生、高校生へと成長していく過程で、この「ついでに情報を得る力」がどれほどの爆発力を発揮することになるのか。このエピソードは、また別の機会にお話ししましょう。
あ、そうそう、クイズで優勝するような人たちって、
「なんでそんなこと知ってるんですか?」という質問に対して、ほとんどの人がこう答えます。
「勉強したわけじゃないですけど、なにか調べているときに、ちらっと見た覚えがあります。」これが「ついでに得た情報」なんだと思います。
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