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少しは、素直になれるだろうか


私は、親に対してあまり素直になれるタイプではない。

感謝の言葉を口にするのは気恥ずかしく、どこか距離を置いてしまう。

けれど、心の片隅にはいつも「親孝行らしいことがしたい」という思いが、密かに沈んでいた。

そんな私が、大人になって選んだ趣味は海釣りだった。

子供の頃から魚が好きだったのは、間違いなく父の影響だ。

父は、冷たい水の流れる渓流を愛する釣り人だった。

対照的に私は、広大な海に糸を垂らす。

ジャンルは違えど、いつしか「釣り」は、親子の間を繋ぐ、共通言語になっていた。




ある日、父がふと言い出した。

「昔、俺が行っていたあの川の河口には、とんでもなく大きな魚がいるかもしれないぞ」

南伊豆にある渓流の終着点のことだった。

とりあえずと思い、ネットで検索したが、そんな情報はどこにも出てこない。

唯一見つけたのは、「雨上がりに大型が釣れる場所である」という、ローカルな書き込みだけだった。

その日は雨ではなかった。

けれど、なぜか父の言葉が耳に残って離れなかった。

私は根拠のない予感に突き動かされるように、車を走らせた。




現場に立ってみても、やはり気配はない。

そもそも、大型の魚が通るような場所とも思えない。

何度もキャストを繰り返すが、反応は皆無だ。

「やっぱり、そんな都合よくはいかないか」と、諦め半分で道具を片付けようとした、その時だった。

突如として、海面下の闇が爆発した。

強烈な重みで竿が沈み込み、暗闇の静寂をドラグ音が切り裂く。

しかし、不思議と呆気なく釣り上がる。

おっかなびっくり手繰り寄せた先にいたのは、70センチを超える見事なヒラスズキだった。

暴れまわるたびに、銀色の鱗が暗闇に浮かび上がる。

これまでに見たことのない、神々しいほどの輝きだった。




私は頻繁に、さまざまな場所へ足を運び、竿を出している。

しかし、基本的に魚が釣れる事はない。

ましてや、これほどの魚に出会えたことなどない。

それが、何の変哲もない、父が指し示したあの場所で起きた。

緻密な計算やデータに基づいた結果ではない。

父から受け継いだ魚への想い、素直になれないまま抱え続けてきた気持ち、そして無数の「釣れない夜」を重ねてきた過去の歩み。

それら全ての「業」が、あの日、あの場所へと私を誘い、この一匹と邂逅させたのだと感じずにはいられなかった。




どれだけ情熱を注いでも、どれだけ時間を費やしても、人生において目に見える「形」として残るものは驚くほど少ない。

積み重ねた努力も、秘めたままの想いも、多くは空に消える煙のように霧散していく。

けれど、あの日。

言葉にできない想いを抱えて歩んできた道のり。

その果てにようやく掴み取った、確かな「形」がそこにあった。

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