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50代、あえて「解かなくてもいい数式」に時間を費やす「自由」

おー! 出来てるじゃん!

先日の共通テスト、「数学Ⅰ」第2問前半の「二次関数」問題、最後の問1つを除いて自力で正解することができました!
自分でも信じられない…

高校入学と同時に数学に見放され、完全なる文系人間として様々な試験を乗りきってきた私。ゆえに数学(がわかる人)への羨望も人一倍強いです。
だから、数学が得意な息子と話していて「微積の面白さを母ちゃんにもぜひ知ってほしい!」と力説されたときについ、「じゃ、じゃあ、教えてもらおうかな…」と言ってしまったわけです。
それが一昨年の秋。

そこから約一年、苦難の連続でした。
まず「微分」というものについて教わり始めましたが、マッタク、イミガ、ワカリマセン…数学の基礎が0ですから、当然です。
「やっぱり数Ⅰの二次関数からやった方がいいかも」と息子に言われ、理系高校生がみんな持っている「チャート式」を1問ずつやりはじめました。

しかし、簡単にいくはずもなく。
絶望的に計算力がない。
単純な式の移項も変形も間違える。
そもそも数字さえ写し間違える。(不注意すぎる自分の一面を知りました)
教わってもすぐ忘れる。1週間放置したら完璧に忘れている。
「自分、マジでばかなんじゃない?」と何度思ったことでしょう。

それでも昨年末に、どうにかこうにか二次関数の単元を終了。
「ちょうどいいから、共通テストやってみなよ」と息子に言われて解いてみたら、いくつかの問題が本当にできたのでした!

純粋にうれしいです。
問題文の意味さえわからなかった数学の問題が、実際に解けたなんて!
ああ、こうやるんだと気がつけたときの気持ちよさ。
答えが合っていたときの快感。
計算がだいぶ早くなった、と息子にほめられたときのうれしさ。
やめなかったことが一番偉い、と言ってもらったときの誇らしい気持ち。

でも、正直なところ、どうしてやっているのか自分でもわからないのです。
だって今の私にとって、数学はなんの役にも立たないこと。
だけどそれを一生懸命やってしまうのは、唸りながらも楽しいと感じてしまうのは、なぜなんだろう?

私は「ただ楽しむ」のが苦手で、かなり実利的な人間です。
「これはなんの役に立つのか?」といつも考えているし、損得勘定している自分に嫌気がさすこともあります。
なのに、何かにつながるわけでもない、正直自分には向いていない「数学」に、結構な時間を費やしている。しかもそれが、楽しい。

“やりたくねえ事 やってる暇はねえ”
そんなブルーハーツの言葉が何かにつけ頭に響く世代の私にとって、数学はどうやら「やりてえ事」のようです。

損得勘定も効率も無視して、目の前の数式に唸り、ない知恵を絞る。
わからなかったらすぐに検索する、思い出そうとする前にAIに聞くという生活の中で、「わからない」けど考えてみる、ことは今や貴重です。
あえてそこに時間を使うのはすごく「自由」な感じがして、だから楽しいのかもしれません。

こんな経験をくれた息子よ、ありがとう。
今度は「三角関数」をよろしく。
けれどまた、苦しむのだろうな…





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