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【短編小説】うそつきのキツツキ

後ろの席の佐藤くんは、嘘をついたことがないという。
嘘をついた後の居心地の悪さを思うと、それだけで嫌な気分になってしまうらしい。

「もちろん17年間で一度もないとは言わないけど」と佐藤くんは付け加えた。
 
5時間目の始業ベルが鳴った。先生はまだ来ない。教室のみんなはまだしゃべっている。あたしは質問を続けた。
「それじゃ、嘘をつかなきゃならない状況に陥った場合は、どうするの?」
 
佐藤くんは少し考えてから答えた。「黙る」
 
あたしは嘘ばっかりついているから、「そのうちキツツキになる」とお母さんに予言されている。キツツキになんて、なるわけがない。それはわかってるけど、想像するとちょっと怖い。そう告白すると、佐藤くんは笑いながら言った。
「でもコゲラってかわいいよ」
 
佐藤くんによると、〈キツツキ〉っていう名前の鳥はいないんだって。キツツキっていうのは、木をコツコツつっついてる鳥たちの〈総称〉なんだって。

〈キツツキ〉って呼ばれている鳥たちは、いっぱいいるらしい。アカゲラ、アオゲラ、コゲラ。キツツキにそんなに種類があるなんて、知らなかった。
佐藤くんは、妙なことに詳しい。
 
あたしがどんな嘘をつくのか、佐藤くんは知りたがった。
「例えば昨日はね」とあたしは解説した。「マツモトキヨシに行こうと思ったら、お母さんにどこに行くのって聞かれて、くまざわ書店に行くって嘘ついたの」
なんでそんな嘘をつくのか、自分でも分からない。
 
「そういう嘘つきの主人公が出てくる小説があるよ」と佐藤くんが言った。「雑誌を買いに行くところで、どこに行くのかって聞かれたら、オペラに行くって答えるような嘘つきなんだ」
「その主人公はあたしだ!」とあたしは叫んでしまった。
 
嘘をつかない佐藤くんの夢は「嘘をつく」ことだった。
「例えばタクシーに乗ったとき、嘘をついて、誰かのフリをしてみたい」と佐藤くんは言った。

そのアイデアは聞いたことがある。でも実際にやってみたという話は、聞いたことがない。タクシーに乗っている間だけ、誰かのフリをする。それって面白そう。あたしもやってみたい。

あたしは提案した。「その夢は、すぐに叶うからやってみようよ! あたしも協力するよ。二人の方が心強いし、二人ならタクシー代だって半分で済むもん」
 

3日後の土曜日、午後1時半。高崎駅の東口に出ると、ベンチに座っている佐藤くんが見えた。水色のTシャツにジーンズ姿で、本を読んでいる。あたしに気づくと、佐藤くんは本を閉じた。

さて、タクシーでどこに行くべきか?
観音山かんのんやまはどうかな?」と佐藤くんが言った。「車で15分くらいだし、山だからキツツキもたくさんいると思うよ。野鳥の森公園もあるし。でも、相澤さんは本当にいいの? その、こんなことにつき合って」
もちろん。という意味で、あたしはうなずいた。
 
あたしたちはタクシー待ちの列に並んだ。座って話しているときは気づかなかったけれど、佐藤くんはけっこう背が高い。私服のせいか、いつもより大人っぽく見える。あたしは突然緊張し始めた。背中に汗がにじんでくる。夏の空がやけに青く見える。
 
佐藤くんに緊張の気配はない。思い出したように、佐藤くんはさっき読んでいた本をあたしに差し出した。例の、嘘つきの小説だった。タイトルは『ライ麦畑でつかまえて』。

お礼を言って受け取ると、黒いタクシーが停まった。あたしが先に乗り込んで、佐藤くんが行き先を告げた。運転手は女の人だった。車内はひんやりしていて、タクシーの匂いがする。メーターには「初乗600円」という表示。ラジオからは英語のニュースが流れている。
 
「君たち兄妹?」と運転手さんが聞いた。
 
佐藤くんはちらりとあたしを見てから言った。
「いえ、僕たち、つきあってるんです。今日、初めてのデートなんです」
 
いったい何を言い出すのかと思ったら、そうだ、今日は嘘をつきに来たんだった。
 
「あらいいわねえ」と運転手さんは言った。あたしのお母さんくらいの年みたいだけど、お母さんより優しそうな感じだった。「彼女のどんなところが好きなの?」

「相澤さんは嘘つきなんです。だからキツツキになっちゃうんじゃないかって心配していて」そこで佐藤くんは一瞬ためらって、それから続けた。「そういうところが、可愛いなって思って」
 
タクシーは立体交差を越えて、国道で右折した。聖石橋ひじりいしばしを渡って羽衣線はごろもせんに入り、観音山かんのんやまを登り始める。高崎の街が見えてくる。

窓の外を見ながら、佐藤くんは「相澤さんとのなれ初め」をたどたどしく語り出した。
「僕たちは、今年、同じクラスになったんです。それで少しずつ仲良くなって。でも僕は、去年からずっと好きだったんです」
 
佐藤くんの告白を聞きながら、あたしはだんだん悲しくなってきた。だってこれは、全部嘘なのだから。
 
タクシーは山頂の展望台の駐車場で停まった。料金は1860円。慌ててお財布を取り出すと、佐藤くんが千円札を2枚出して、「お釣りはいいです」と運転手さんに言った。

タクシーを降りると、佐藤くんは大きく息を吐いた。すごく疲れたみたいだった。あたしがお金を渡そうとすると、佐藤くんは「いらない」と言った。

土曜日のせいか、展望台はけっこう混んでいた。人ごみの向こうに、高崎の街が見渡せる。正面には赤城山も見える。展望台は森に囲まれていて、鳥の声が聞こえる。でもキツツキかどうかはわからなかった。

あたしは佐藤くんにタクシー代のお礼を言って、一生懸命楽しいフリをした。「佐藤くん、嘘つくの上手かったよ。あれなら立派なキツツキになれるよ」

佐藤くんはなにも言わなかった。展望台で写真を撮っている人たちを見ている。何か考えているみたいだった。声をかけるか迷っていると、佐藤くんが口を開いた。
「嘘つけなかった」
 
徐行してきた車にクラクションを鳴らされた。あたしたちは慌てて路肩に避難した。近くから「キョッ、キョ、ッキョ」っていう鳥の声が聞こえてきた。これがキツツキなのかもしれない。

鳥の姿を探して顔をあげると、佐藤くんと目があってしまった。あたしは一生懸命なんでもないフリをした。

「ねえ佐藤くん、あたしが本当にキツツキになっちゃったら、どうする?」
 
佐藤くんは少し考えてから、「つかまえる」と答えた。

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