― 完璧じゃなくていい ―🌱心の育て方
人はロボットじゃない。
だから、間違えます。
不思議なもので、あんなに賢いAIでさえ、時々見当違いな答えを返してくることがあります。
あれだけ膨大な知識を持っていても、完璧ではいられない。
だとしたら、わたしたち人間が間違えるのは、誰にでも起こりうることなんだと思うのです。
わたし自身、子どもの頃から忘れ物や失くし物がとても多い人間でした。
気をつけているつもりでも、うっかり抜け落ちてしまう。
そんな自分を、長い間「だらしない」と感じていた時期もありました。
でも、あるとき気づいたのです。
「間違えないようにする」ことと、「間違えた自分を責めない」ことは、まったく別の話なのだと……
完璧主義は、生きづらさにつながりやすいものだと思います。
「できて当然」という基準を自分に課してしまうと、うまくできても安心するより先に、
「次はもっとできなくちゃ」
「まだ足りない」
という不安がやってきて、心が休まる瞬間がなくなってしまうことがあります。
真面目で頑張り屋な人ほど、
「もっと頑張らなきゃ」
「ちゃんとしなきゃ」
と、自分に厳しい基準を課してしまうこともあります。
そして、頑張っても頑張っても「まだ足りない」と感じ続けると、達成感よりも疲れのほうが積み重なってしまうことがあります。
でも、ここで大切なのは、
「頑張ること」そのものが悪いわけではない、
ということ。
頑張り屋なあなたは、これからも高い目標を持って頑張っていっていい。
その一方で、うまくできなかったときに、
「今回はできなかったな」
「じゃあ、次はどうしよう」
と、自分を責めすぎずに受け止めることもできます。
つまり、頑張ることよりも、頑張れなかったときに自分をどう扱うか、そこが大切なのかもしれません。
少し話が重くなりましたが、ここでわたし自身の経験も、一つの例として書いておきたいと思います。
これは、特性がある、なしに関わらず、完璧主義に悩む人にも言えることだと思っています。
わたし自身、ADHDの診断を受けています。
40代になってから気づき、診断を受けました。
わたしの場合は、それまでも自分なりに工夫しながら生きてきたこともあり、薬でのアプローチはせず、工夫を重ねていく方針を先生と一緒に選びました。
薬で倦怠感が出ることもあるという話も踏まえた上での、わたし個人の選択です。
もちろん、薬が合う人もいます。
薬によって楽になる人もいます。
だから、どちらが正解ということではありません。
自分に合った方法を、先生と相談しながら選んでいけばいいのだと思います。
もちろん、失敗を減らすための工夫は大切です。
忘れ物が多いなら、持ち物リストを作る。
同じ失敗を繰り返さないように、仕組みを整える。
目につく場所にメモを貼っておく。
そういう小さな工夫は、確かに助けになります。
けれど、
どれだけ確認しても、
それでも失敗してしまうことはあります。
間違えたくて、間違えたんじゃない。
失くしたくて、失くしたんじゃない。
失敗したくて、失敗したんじゃない。
ここが、大事な分岐点なのだと思うのです。
工夫は、失敗をゼロにする魔法ではありません。
だから、失敗したときに、「もっと気をつければよかった」
「なんで私はできないんだろう」
と、自分を責め続けなくてもいい。
次に同じことが起こらないように、できる範囲で工夫すればいい。
それでもまた失敗したら、そのとき、また考えればいい。
大事なのは、失敗をなかったことにすることでも、完璧にできる自分を演じ続けることでもなく────失敗しても、次、気をつければいい。
それだけで、十分なのだと思います。
完璧じゃない自分を、そのまま許してあげること。
それは甘やかしではなく、長く自分と付き合っていくための、いちばん優しいやり方なのかもしれません🌱
今日も、完璧じゃない自分に、「完璧じゃなくても、大丈夫」と優しく声をかけてあげられますように🌸
必要な人に、必要な時に届きますように🍀*゜
あなたがあなたらしくいられますように💛

最後まで読んでくださり、ありがとうございました*.🌷.*
もしこの「心の育て方🌱」が、あなたの心に小さな灯りとして届きましたら、スキやフォローでつながっていただけると嬉しいです☺️⸝⸝
これからも、誰かの心にそっと寄り添える言葉を届けていきたいと思います🕊🍀.∘


