一本の木の向こう側にいた人― ガソリンスタンドのトイレで出会った、100年前の人 ―
週末、たまに夫と一緒にガソリンを入れに行く。
その日も、
いつものようにガソリンスタンドに立ち寄った。
給油を待っている間、女性用トイレに入ると、
壁に小さな飾りが貼ってあった。
一本の木があって、
その木の下で可愛い猫が遊んでいる。
なんとなく可愛らしくて目に留まった。
その下には、
英語の詩のようなものが貼られていた。
決して難しい英語ではないはずなのに、
なぜかその場では、
書かれていることの意味が
すっと入ってこなかった。
気になったので、スマホで写真を撮っておいた。
車に戻ってから、早速その写真を調べてみた。
すると、
それはアメリカの詩人、
ジョイス・キルマーの「Trees」
という詩だった。
木を、
まるでひとりの女性のように描いた詩だった。
大地に口をつける木。
祈るように、葉の茂った腕を空へ伸ばす木。
夏には、鳥の巣を髪に宿し、
雪はその胸に降り積もる。
とても静かで、優しい詩だった。
冒頭には、
I think that I shall never see
A poem lovely as a tree.
とある。
「きっと、木のように愛らしい詩を、
私は二度と見ることがないだろう」
そんな意味だ。
そして最後には、
Poems are made by fools like me,
But only God can make a tree.
「詩は、私のようなおろかな人間にも作れる。
けれど、木を作ることができるのは神だけだ」
と結ばれている。
私は、この最後の言葉がとても好きだった。
こんなに美しい詩を書いているのに、
自分の詩を誇らない。
むしろ、自分が作った詩よりも、
目の前にある一本の木のほうがずっと尊いと言っている。
こんな詩を書く人は、どんな人なんだろう。
そう思って、
今度は「Trees」ではなく、
ジョイス・キルマーという人について
調べ始めた。
そこで、私は少し驚いた。
詩から想像していた人物と、
実際の彼の人生が、
あまりにも違っていたからだ。
キルマーは詩人であると同時に、
「ジャーナリスト」でもあった。
文学を愛し、自然を愛し、
「家族を持つ父親」だった。
そして第一次世界大戦が始まると、
自ら兵士になることを選んだ。
しかも、
ただ軍隊に入ったというだけではなかった。
彼には、
もっと安全な場所で仕事をする道もあった。
詩人としての才能や文章を書く能力を生かして、
戦争を言葉で伝える立場にいることもできた。
けれど彼は、前線へ行くことを選んだ。
安全な場所から戦争を語るのではなく、
自分自身がそこに立つことを選んだのだ。
そのことを知ったとき、
私は「Trees」をもう一度読み返した。
木の枝を「腕」と呼び、
鳥の巣を「髪」と呼び、
雪が「胸」に降り積もると書いた人。
そんな人が、今度は「フランスの戦場」にいる。
木や鳥や雨や雪を見つめていた人が、
暗闇の中で敵の動きを探っている。
その落差に、
私は何とも言えない気持ちになった。
そして、1918年3月。
フランスのルージュ・ブーケの森で、
キルマーの所属する部隊が
ドイツ軍の砲撃を受けた。
壕が崩れ、19人の兵士が生き埋めとなり、
命を落とした。
その仲間たちの死を悼んで、
キルマーが書いたのが「Rouge Bouquet」という詩だった。
「Trees」とは、まったく違う場所から生まれた詩だった。
「Trees」では、一本の木の生命を見つめている。
「Rouge Bouquet」では、戦場で失われた命を見つめている。
でも、
どちらにも共通しているものが
あるように思えた。
目の前にあるものを、粗末に扱わないこと。
自然も、人の命も。
彼は戦争を美しいものとして描こうとしたわけではない。
実際に戦場へ行き、そこで仲間たちを失った。
そして、その死を前にして、彼は詩を書いた。
亡くなった人たちを悼むために。
その人たちが生きていたことを残すために。
私はそこに、彼の優しさを感じた。
詩人だから、何でも詩にしたのではない。
自分の言葉を見せるために詩を書いたのでもない。
人の死を目の前にして、
その人たちのために
言葉を残さずにはいられなかった。
そんな人だったのではないかと思った。
「Rouge Bouquet」は、
戦場で亡くなった仲間たちを悼む、
祈りのような詩だった。
戦争を飾るための言葉ではない。
そこにいた人たちを忘れないための言葉だった。
そして、その数か月後。
1918年7月30日。
キルマーは、フランスのOurcq川付近で激しい戦闘の中にいた。
ドイツ軍の機関銃陣地を特定するため、
前線近くへ向かった。
ミューシー農場付近の土手を這うように進み、
敵陣を偵察しようとして頭を上げた。
そのとき、頭部に銃撃を受けた。
31歳だった。
戦友たちが彼を見つけたとき、
最初はまだ生きていると思ったという。
彼は土手のふちにいて、
まるで今も敵陣を見つめているかのような姿勢のままだった。
けれど、もう動かなかった。
ついさっきまで、敵の位置を探っていた人が、
そこで命を終えていた。
私はこの場面を知ったとき、しばらく画面を見ることができなかった。
あの「Trees」を書いた人が。
木を女性のように描き、鳥の巣を髪にたとえ、
雪を胸にたとえた人が。
仲間が亡くなったときには、
その人たちを悼む詩を書いた人が。
最後には、自分自身もその戦場で倒れていた。
しかも、その最期は、
「何かを見つめようとしていた姿」のままだった。
私は、その姿を想像してしまった。
最後に彼が見ていたものは、何だったのだろう。
木でもなければ、鳥でもない。
雨でも、雪でもない。
そこにあったのは、「戦場」だった。
それでも彼は、「自分が見なければならないもの」を見ようとしていた。
その姿が、私にはとても強く残った。
そして、彼の死後、フランスからも戦功十字章が授与されたことを知った。
彼はフランスの地で亡くなった。
自分の国ではない場所で戦い、
そこで命を落とした。
それでも、その土地の人々からも、
その勇気を称えられた。
ここまで調べたとき、私は涙が出た。
悲しかったから、というだけではなかった。
31歳という若さだったから、というだけでもない。
私は、彼の生き方そのものに胸を打たれたのだと思う。
自然を愛する人だった。
美しいものを美しいと思える人だった。
自分の書いた詩よりも、
一本の木のほうが尊いと言える人だった。
仲間が死んだときには、
その人たちのために詩を書いた。
そして、自分だけ安全な場所にいることを選ばず、実際に戦場へ行った。
最後には、自分自身もその場所から帰ってこなかった。
言葉を持っているのに、言葉だけで済ませなかった。
優しい人だったのに、弱い人ではなかった。
むしろ、その優しさを持ったまま、自分の信じるところへ進んだ人だった。
……..私には、とてもまねできない。
だから、涙が出たのだと思う。
気がつくと、私はガソリンスタンドからの帰りの車の中で泣いていた。
運転していた夫が、
「何で泣いてるの?」
と聞いてきた。
「ちょっと感動して、涙が出ちゃった」
そう答えると、
「へー、そうなんだ」
と言った。
それだけだった。
……でも、それでよかった。
車はいつもの道を走っていた。
私は窓の外を眺めながら、
あの一本の木のことを考えていた。
道端に立つ、何気ない一本の木。
100 年前、キルマーが見つめていたのも、
こんな木だったのかもしれない。
最初に「Trees」を読んだとき、
私はただ、美しい自然の詩だと思った。
でも、その詩を書いた人の人生を知ったあとでは、
同じ言葉が違って聞こえる。
Poems are made by fools like me,
But only God can make a tree.
詩は、私のようなおろかな人間にも作れる。
けれど、木を作ることができるのは神だけだ。
この言葉を書いた人は、自分の言葉を大きく見せようとはしなかった。
一本の木を見上げ、自分よりも大きなものに敬意を払った。
人の死を前にしたときには、その人たちを悼むために言葉を残した。
そして最後には、自分自身も戦場で命を終えた。
そんな人が書いた詩だった。
だからなのだろう。
「Trees」は、あんなにも素朴で、温かくて、
謙虚なのだと思う。
あの日、ガソリンスタンドの女性用トイレで、
猫と木の飾りの横に貼られていた一篇の詩。
私はただ、
その英語の意味が知りたくて
スマホで写真を撮った。
まさか、その一枚の写真から、
100年以上前に生きた一人の人間の人生を知ることになるなんて思わなかった。
そして今は思う。
私はあの日、
一本の木の詩を見つけたのではなく、
その木を見つめていた、
一人の人に出会ったのだ。
参考資料
この記事を書くにあたり、ジョイス・キルマーの生涯、第一次世界大戦での従軍、戦場での活動、戦死について、以下の資料を参考にしています。
・American Battle Monuments Commission「Remembering Sgt. Joyce Kilmer during National Poetry Month」
・U.S. Army「Irish Soldiers bloodied, battle tested in trenches of WWI」
※「Trees」「Rouge Bouquet」の原詩および、キルマーの従軍・戦死に関する記録も上記資料を参考にしています。
「Trees」の原詩全文と、わかりやすい日本語訳が併記された
にしだ きょうごさんの解説記事を以下に残しました。
日常の中で「自分の力不足」を感じたときに、この詩をどう受け止められるかが、柔らかく書かれています。
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