小川哲さんの話から、「お世話」がぼくの中で再定義された
(1,666文字)
いつもお(れの)世(界の)話兄成って居ります。
ゆうべ、このイベントに参加してきました。
小川哲さん。
『君のクイズ』と『君が手にするはずだった黄金について』を読み、すごいと興奮した。前者は、当時中学生だった下の娘に「これ良いから読みなよ」とすすめた。

車両全部「君のクイズ」ジャック!
『ゲームの王国』は、入り込んで読み終えられず、図書館に返した。
『嘘と正典』と『地図と拳』が読んでみたい。
という自分であるため、トークイベントを知り、おおぜひ行きたい、となった。
本屋B&Bで同イベントが開催されたら、普通にチケット買って行ったかも。
当選し、無償で現地観覧できてラッキーだった。
聞き手の志賀玲太さんのインタビュースキルが高く、小川さんのトーク、「小説を書くときに考えていること」が潤沢に湧き出ていた。
内容としては、最近出版された『言語化するための小説思考』に重なるところが多く⸻というかそれは当たり前の話で、同著が
僕の試みはあくまでも「言葉を生み出す過程で働いている思考の動きを言葉にする」というもので、ぼくが小説を書く時(中略)技術的な側面について一切考えないからだ。
というねらいで書かれた以上、トークイベントで話すときに同著の言葉が同じく出てくるのはごく自然だ。
とはいえ、その場で聞きながら書き留めた生の言葉にも高い価値がある。
まだ読了していない『言語化〜』の続きを読みつつ、重ねていき、ともに味わい、取り込んでいこうと思う。
うへーと思ったことのその1、「岡田斗司夫現象」。
小川さんの造語(なのかな)、評論家の岡田斗司夫が彼のYoutubeチャンネルで新作映画について語ると、以降ネットの映画評が軒並み
岡田斗司夫の話した内容に塗り変わる、というもの。
うわ、くだらない!と思ってしまった。
(それを知った上で逆張りするのも同様にくだらない。)
そもそも岡田斗司夫のYoutubeをチェックしないけれど、彼の意見を知ったとて「や、いち意見だろ」と思う自分でいたい。
うへーその2、「noteでも『いつもお世話になっております。』と書き出す人が多いです」と小川さん。
本当に?
自分が読んでいるno+erさんでは記憶にない。
ビジネス領域というか、起業家さんやフリーランスの人々には多そう?
noteとビジネスが連動しているアカウント。
なんにせよこれも、「うわ、くだらない!」の対象だなぁ。
ここでそれやる?
あの記号、枕詞にべつだん何の意味もなく、本質は1mm、1gたりともない。
それきっかけに、「あれ?『世話』ってそもそも何だ?」
って考えちゃいましたよ。
手元の辞書を引くと

こうしないと2番目の世話が言い表せないから
「世」間での「話」題、的な意味があるようだ。
ぼくはこの記事以外で、冒頭に「いつもお世話になっております。」を付ける予定はないけれど、もし付けちゃった時は
いつ何時もここで書くときは、おれの
(この「の」は、ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』の「の」と同じで、「according to、〜による」の意味)
世界の話をしている兄(にい)として、兄になって、浮世と少し違う場であるところのno+eに、おります
の意味しかありえない。
昨日観覧するまで、創作大賞2026に出すことに消極的になっていた。
「キャラクター設定が固まっていないから、それらが脳内で熟成されひとりでに語り出すまで書き出せないから、きっと締切に間に合わないだろうし」
の理由メインで。
それが小川さんの話を聞き著作を読み、
「いや、書いていく中で何を自問したいかを大事に、やろうかな。」
へと意識の変容が起きた。
普段の雑感も、長い創作も。
どちらも、“お”れの“世”界の“話”。
マインドマイオウンビジネス。
その意味で、ありがたかった、参加して良かったです🙌
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いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑