101記事目の迷子。何かを「残さなきゃ」と思い始めた私へ。
昨日投稿した記事が、どうやら100記事目だったらしい。
そして、これが101記事目。
100って、なんだか嬉しい。
別に賞をもらったわけでもないし、収益化したわけでもない。
でも、「100」という数字には、妙に達成感がある。
誰かの記事で「99スキ」を見つけるとつい100にしたくなるように、キリの良い数字は純粋に嬉しい。
100スキとかキリの良い数字になると何かポップアップが出る。
「おめでとうございます」みたいなやつ。
そういえば最近、コングラボードは消すともう出てこない、ということを知った。(←いまさら)
私はポップアップを反射で閉じる癖がある。
スマホでもパソコンでも、深く読まないまま右上の「×」をパッと押す。
だから後から「あれ、なんて書いてあったんだろう」と少し寂しくなることもある。
でも、その癖はずっと直らない。
褒められることや、嬉しいサプライズを、まっすぐ両手で受け取るのが少しだけ苦手なのかもしれない。
私のそんな不器用な性質が、そのバツボタンを押す指先によく表れているなと思う。
最近、記事を書くたびに、指が止まるようになった。
前より少し、背伸びした文章を書くようになった。
日々の出来事や、頭をよぎった思考をきれいに整理して、何かしらの意味を持たせて、ちゃんとした場所に結びたくなる。
そうすると、「これって公開していいんだろうか」と、
急に「公開ボタン」のハードルが高くなる。
書きたいことはたくさんある。
下書きもどんどん増えていく。
でも、公開ボタンを押せない。
考え始めると、文章はどんどん長くなる。
いざ外に出そうとすると、「誰かを傷つけないか」「誤解されないか」と言葉を尽くして補足を足し、
余白を埋めるように予防線を張ってしまう。
結果として、仕上がるのはどこか妙に落ち着いた、すごく“よく考えている人”のような文章だ。
本当は、もっと軽く書き始めたはずだった。
「今日、こんなことがあった」
「なんか笑っちゃった」
「ちょっと疲れちゃったな」
そのくらいの温度でよかったのに。
でも100記事も書いていると、いつの間にか「何か意味のあることを書かなきゃ」と思い始める。
といっても、意味のあることなんて特に書いてないけれども。
101記事目になっても、私はこんなところで迷子になっている。
でも、きっとこの「ちゃんとした文章にまとめきれない迷い」や「等身大の葛藤」をそのまま差し出すことこそが、私がここで言葉を紡ぎ続ける理由そのものなのだろう。
意味なんて、後からついてくればいい。
101回目の今日も、私は私の温度で、ただここに言葉を置いてみる。
