見出し画像

E-mailの距離

10日に一回ほど、無機質に日時だけが並べられたメールが届く。何事にもタイムリーさが求められ、それが容易に実現する時代に、お互いのE-mailアドレスを知っていて、メールでやり取りをしているって、妙な時代錯誤を感じる。
しかも哲也は件名すら変えない。私も特に件名を入れることもない。ゆえに、延々と「Re:」が付き続けるという令和世代には理解しがたい状況が続く。
日時の以下はいつも同じ文章で、おそらくコピペだ。
「会えるならどこでも。話せるなら、zoomでも電話でも何でも。その日に連絡をくれてもいいし、その日にキャンセルでも。」
と書かれている。

私は、人と約束することが激しく嫌いだ。苦手なんて生優しい言葉では片付かないほど嫌いだ。
それを守る勇気も、破る勇気も、私はもう失ったほど、抜け殻だから。
その私との約束を取り付けようとする哲也は、よほど暇なのかと疑いたくなる。

会うならば駅前のスタバ。窓際の角の席と、いつの間にか暗黙の了解ができた。
並べられた日時を見ながら、週間天気予報を追う。雨、曇り、ちょっと暑そう…と外に出ない理由を探すけれど、そのどれもが当てはまりそうもない。

まぁいいか。
たまにはスタバでラテでも飲もう。
そう思いながら、返信ボタンをクリックする。

ふと哲也に再会した日を思い出す。
梅雨の最中の大雨の日。私が会社を辞めた日だった。
タクシーで帰ろうか、コンビニで傘を買おうか、迷っていた時に
「茜?」
どこかで聞いた声がした。
私たちが部活に明け暮れていた「あの頃」、バスケのボールを追いかけた帰りに、よく聞いた声だった。
でも何故だろう。そんな「あの頃」は、卒業式とともにパタリと終わり、ここ数年は連絡さえ取り合っていなかった。

「久しぶりじゃん。すごい雨だよね。少ししたら止むかな」
哲也は何も変わらず、明るく優しい声をしていた。そして
「そう言えば茜って今何やってんの?」
と聞いた。それは私が一番聞きたくない言葉だった。
「今日、無職になった」と笑い飛ばせる勇気も元気も私にはなく、「色々」とだけ答えると、哲也はそれ以上聞かなかった。「そういうところ、変わってないね」と思ったことは、今日まで声にしていない。
そして私たちは、LINEではなく、メールアドレスを交換して別れた。

それからしばらくして、哲也から「飲みに行こうよ」と軽いノリのメールが届いた。
「ごめん、無理」
とだけ返した私に
「そうだとは思ったけど」
と書かれたあと、日時が書かれたメールが届くようになった。

「今は焦らなくてもいいんじゃない?」
と言ってくれることもあれば
「やりたいことを探しなよ」
と言う時もある。ただいつも
「茜は茜なんだし」
と笑うだけ。

その哲也の顔を思い出しながら、返信画面に指を戻す。少しだけ背筋が伸びている自分に気付きながら
「駅裏のカフェでランチはどう?」
と打って、迷う時間を作らないうちに送信ボタンを押す。
哲也は何て返してくるだろうと考えて、すでに答えを得ている気がした。
「まぁ茜だし、何でもいいよ」
と。

いいなと思ったら応援しよう!

湖々亜 純 応援いただけたら嬉しいです。

この記事が参加している募集