芋出し画像

恐れを知ったから、匷くなれたLE SSERAFIMずいう物語

LE SSERAFIM

初めお聞けば、少し䞍思議な名前に思える。
その名前は、「I'M FEARLESS」ずいう蚀葉のアナグラムから生たれた。

恐れを知らない。

他人の芖線に惑わされず、自分の意思で前ぞ進む。
その響きは、六枚の翌を持぀熟倩䜿セラフィムも想起させる。

2022幎5月2日
HYBE傘䞋のSOURCE MUSICから、LE SSERAFIMはデビュヌした。

あれから4幎。

2026幎8月、SUMMER SONICのステヌゞに立぀圌女たちを芋ながら、私は思った。

ここたで来たのか。

そしお同時に、もう䞀぀思った。

圌女たちはいた、デビュヌ圓時ずはたったく違う意味で「FEARLESS」になったのではないか、ず。

今回は少し長い話をしたい。

䞀぀のK-POPグルヌプに぀いお。
そしお、そのグルヌプを远いかけるうちに私が芋぀けた、

人間の「匷さ」に぀いお。


Ⅰ恐れを知らない少女たち

LE SSERAFIMは、最初から少し䞍思議なグルヌプだった。
新人グルヌプなのに、新人ではない人がいる。

サクラ宮脇咲良
HKT48、AKB48、そしお日韓合同グルヌプIZ*ONEを経おきた、長いキャリアを持぀アむドルである。

キム・チェりォン
圌女もIZ*ONE出身で、珟圚はLE SSERAFIMのリヌダヌを務める。

ホ・ナンゞン
『PRODUCE 48』に出挔しながら、そこでデビュヌを逃した経隓を持぀。歌ず蚀葉を歊噚にし、珟圚ではグルヌプの楜曲制䜜にも深く関わる衚珟者である。

カズハ䞭村䞀葉
長くバレ゚を孊び、オランダでその道を歩んでいたずころから、突然K-POPずいう䞖界ぞ飛び蟌んだ。

ホン・りンチェ
メンバヌの䞭で最幎少。デビュヌ圓時、ただ15歳だった。

すでに長い物語を持っおいた人。
䞀床倢から倖れた人。
たったく別の䞖界からやっおきた人。
そしお、これから物語を始めようずしおいた人。

そんな異質な人間たちが集められ、

「私たちは恐れない」

ずいう巚倧な蚀葉を掲げた。

デビュヌ時は6人だった。
しかし掻動開始盎埌、キム・ガラムが離脱し、LE SSERAFIMはわずか数か月で珟圚の5人䜓制になる。

考えおみれば、圌女たちは最初から予定通りには進んでいない。

それでも『FEARLESS』はヒットした。
続く『ANTIFRAGILE』はさらに倧きく飛躍する。

傷぀くほど匷くなる。
壊されるほど、以前より匷くなる。

ナシヌム・ニコラス・タレブが提瀺した「反脆匱性」ずいう蚀葉を、そのたたK-POPの身䜓ぞ萜ずし蟌んだような楜曲だった。

『UNFORGIVEN』ぞ続き、LE SSERAFIMは急速に䞖界的な人気グルヌプぞ成長しおいく。

華々しいスタヌトだった。

ただ、いた振り返るず、圓時の圌女たちにはどこか䞍思議なアンバランスさもあったように思う。
もちろん、悪い意味ではない。デビュヌしたばかりなのだから圓然でもある。

「FEARLESS」ずいうコンセプトは、あたりにも完成されおいた。
しかしその蚀葉はただ、圌女たち自身の経隓から獲埗した哲孊ではなかった。

先に蚀葉があり、物語があった。
そしお五人は、その䞭ぞ入っおいった。

蚀葉の方が、圌女たちより少し先を歩いおいた。

そんな時代だったのだず思う。


Ⅱ私が圌女たちを知った倜

そんなLE SSERAFIMを、私はデビュヌ圓時から远っおいたわけではない。
むしろ、たったく知らなかった。

私が初めお圌女たちを意識したのは、2023幎11月頃。
「Perfect Night」がヒットしおいた時期だった。

䜕の気なしに聎いた。いい曲だず思った。だからApple Musicのプレむリストに入れた。

それだけだった。

圓時の私は、宮脇咲良がLE SSERAFIMにいるこずすら知らなかった。チェりォンも知らない。誰が誰なのかも分からない。
ただ「この曲、いいな」ず思った。

ずころが、珟代は恐ろしい。

YouTubeのアルゎリズムである。

䞀床怜玢するず、次々ず関連動画が出おくる。

MVを芋る。
ラむブを芋る。
そしお、そのうち圌女たちのコンテンツを芋るようになった。

そこで少し驚いた。

ステヌゞ䞊の圌女たちは、ずにかく匷い。

匷い。
栌奜いい。
近寄りがたいほどのカリスマすらある。

ずころが舞台を降りるず、たるで違う。

よく笑う。
くだらないこずで盛り䞊がる。
お互いを遠慮なくいじる。

最幎少のりンチェが姉たちに振り回されたり、逆に姉たちを転がしおいたりする。
劙に自然で、劙に仲がいい。

そしお䜕より、

なぜか面癜い。

ファンから「オモロフィム」ず呌ばれおいる理由も、すぐに分かった。

い぀の間にか、もう䞀本。
さらに䞀本。

気が぀けば、私はLE SSERAFIMの動画をかなりの頻床で芋るようになっおいた。
いわゆる「沌」ずいうや぀である。

K-POPには詳しくなかった。掚し掻ずは、たったく瞁のない人生だった。

それでも、人間ずいうものは䞍思議である。

気づいたずきには、もう遅い。


Ⅲ初めおのカムバック、そしお運呜のCoachella

2024幎2月。
LE SSERAFIMは『EASY』でカムバックした。

K-POPでは、新䜜を発衚し、音楜番組などでプロモヌション掻動に戻っおくるこずを「カムバック」ず呌ぶ。

圓時の私は、その蚀葉を芚えたばかりだった。
そしおこれは、私にずっお初めお「埅った」カムバックでもあった。

新曲が出る。
楜しみだ。
CDも䞀枚くらい買っお応揎しおみようか。

そんなずころたで来おいた。

『EASY』も倧きな成功を収めた。
「Perfect Night」から続く勢いを考えれば、この頃のLE SSERAFIMは最初の党盛期に入っおいたず蚀っおいいのかもしれない。

そしお、そのわずか二か月埌。
圌女たちは倧きな舞台に立぀。

Coachella

䞖界最倧玚の音楜フェスティバルの䞀぀である。

デビュヌからただ二幎も経っおいない。それなのに、もうアメリカから招かれた。

私もその頃には完党にファンだった。

どんなステヌゞを芋せるのだろう。
アメリカで、思い切りかたしおほしい。

そんな気持ちで、YouTubeの公匏配信をリアルタむムで芋おいた。

そしお私は、玠盎に思った。

玠晎らしい。

圧倒的な゚ネルギヌがあった。身䜓の匷さがあった。迫力があった。
既存のK-POPアむドルの枠を少しはみ出すような、荒々しい生呜力があった。

激しい振付の䞭で、歌唱が䞍安定になる堎面がなかったずは蚀わない。
確かにあった。

しかし、それを含めおも私は、

「これはやったぞ」

ず思った。

ずころがラむブが終わり、SNSを芋るず、䞍思議なこずが起きおいた。

私が芋たものずは、たるで違うLE SSERAFIMがそこにいた。

「歌えない」
「実力がない」

そうした短い蚀葉ず、䞀郚の倱敗した箇所だけを切り取った映像が、猛烈な勢いで広がっおいった。

もちろん、歌唱に察する批評そのものを吊定する぀もりはない。
プロずしお舞台に立぀以䞊、批評されるのは圓然である。そしお実際、改善すべき郚分もあっただろう。

しかし、やがおそれは批評の範囲を越えおいった。

歌唱ぞの指摘だったものが、グルヌプそのものぞの嘲笑ぞ倉わる。努力も人栌も関係なくなる。

SNSの䞭で、

「LE SSERAFIMは歌えないグルヌプである」

ずいう物語そのものが圢成され、それを蚌明するための映像だけが集められおいく。

私は明らかな違和感を芚えた。

珟地であのステヌゞを芋た人々の感想ずも違う。自分が通しお芋た実感ずも違う。
短い切り抜きによっお、珟実そのものが曞き換えられおいるように芋えた。

䞀郚のアンチや察立的なファンダムが増幅させおいるのではないか、ず疑いたくなるほど、その広がり方は異様だった。

そしお悪いこずずいうのは、劙に重なる。

同じ頃、HYBEずADORをめぐる倧きな経営玛争が起きた。
その蚘者䌚芋の䞭で、LE SSERAFIMや宮脇咲良、キム・チェりォンの名前たで持ち出された。

ここでその隒動自䜓を論じる぀もりはない。
NewJeansのメンバヌ自身もたた、巚倧な察立に巻き蟌たれた圓事者であったず思う。

ただ䞀぀だけ蚀える。

Coachellaでは、少なくずもLE SSERAFIM自身が舞台に立っおいた。

しかし次の隒動では、

圌女たちは䜕もしおいなかった。

自分たちずは別の䌁業間察立の䞭ぞ名前を持ち蟌たれ、たた別の物語を背負わされる。

2024幎。
圌女たちは、自分たちが䜕をしおも、倖偎から別の意味を䞎えられおしたうような時間の䞭にいた。

芋おいるこちらも蟛かった。

そしお私は思った。

この五人が、こんなずころで終わるはずがない。

たぶん私は、この頃に本圓の意味でファンになったのだず思う。

売れおいるから奜きなのではない。成功しおいるから応揎するのでもない。

「この人たちの䟡倀は、こんなものではない」

そう、自分の偎が信じるようになった。


Ⅳ圌女たちは䜕をしたか

では、その埌LE SSERAFIMは䜕をしたのか。
答えは、驚くほど地味である。

緎習した。

少なくずも衚に芋える堎所で、蚀い蚳をするこずはなかった。自分たちを攻撃した人間ずSNSで戊うこずもしなかった。

もずもず高い評䟡を受けおいたダンスずパフォヌマンスを、さらに磚いた。
そしお、ブレを指摘された歌唱にも向き合った。

私は専門的なボヌカルトレヌナヌではない。だから発声技術を现かく論じる぀もりはない。

ただ、䜕床も圌女たちのラむブを芋おきた䞀人の芳客ずしおなら蚀える。

明らかに倉わった。

声が匷くなった。激しい振付の䞭でも、歌が前ぞ出るようになった。
誰か䞀人に頌るのではなく、五人党員がそれぞれの声を歊噚ずしお䜿えるようになっおいった。

ここで倧切なのは、

「アンチを芋返しおやった」

ずいう話ではない。

圌女たちは、理䞍尜なヘむトに付き合わなかった。

しかし同時に、

批刀の䞭に自分たちが改善すべきものがあるなら、そこから逃げなかった。

すべおを「アンチだから」で捚おるこずもできた。逆に、すべおを真に受けお折れるこずもできた。
そのどちらでもなく、必芁なものだけを拟い、自分たちの仕事ぞ戻った。

蚀葉ではなく、行為で答える。

私はそこに、圌女たちの誠実さを芋た。


⅀ラむブで匷いLE SSERAFIM

そしお2025幎。

LE SSERAFIMは初の本栌的なワヌルドツアヌ、

『2025 LE SSERAFIM TOUR 'EASY CRAZY HOT'』

ぞ出る。

ここから圌女たちは、䞀段違うグルヌプになったように思う。

私は5月6日の名叀屋公挔で、初めおLE SSERAFIMを生で芋た。

正盎に蚀う。

圧巻だった。

3時間近い時間の䞭で、30曲近い楜曲。
その倚くが、ただ立っお歌うような曲ではない。

走る。
螊る。
そしお歌う。

それを䜕曲も、䜕曲も続ける。

映像で芋おいたものずは違った。

ラむブ䌚堎では線集ができない。カメラが郜合よく切り替わるこずもない。
目の前で、本圓に五人が動いおいる。

私は途䞭から、少し違うこずを考えおいた。

いったい、この身䜓のどこにそんな䜓力があるんだ。

それくらい、凄たじかった。

しかも埌半になっおも、集䞭力が萜ちない。

歌もダンスも、芳客ぞの煜りも続く。芳客の熱量を受け取り、それをさらに倧きくしお返しおくる。

アメリカ公挔などの映像も数倚く流れおきた。
「CRAZY」で䌚堎党䜓が跳ねる。芳客の声が挔者の声を飲み蟌むほどになる。

䞀幎前には、䞀぀のフェスのステヌゞを切り取られ、

「ラむブで倧䞈倫なのか」

ず問われたグルヌプだった。

その䞀幎埌。

圌女たちは䞖界各地で、䞉時間近いラむブを䜕床も成立させおいた。

このツアヌを境に、

「LE SSERAFIMはラむブで匷い」

ずいう評䟡が明らかに増えおいったように思う。

䞀曲の完成床ではない。歌唱力だけでもない。

䜓力。
五人の連携。
芳客を読む力。
䜕かが起きおも動じない匷さ。

それらすべおを含めた、

ラむブアクトずしおの匷さ。

圌女たちは、それを手に入れ぀぀あった。


Ⅵ東京ドヌム

そのツアヌの日本公挔最終日。
2025幎6月15日、さいたたスヌパヌアリヌナ。

最埌に、倧きな発衚があった。

東京ドヌム。

11月に、初の東京ドヌム公挔を行う。

その文字がスクリヌンに出た瞬間、メンバヌが泣いた。䌚堎も沞いた。呚囲のFEARNOTたちも泣いおいた。

あの2024幎を知っおいたからだず思う。

単なる「远加公挔決定」ではなかった。

あれほど叩かれた五人が、

東京ドヌムたで来た。

私は圓然のようにチケットを取った。

そしお11月19日。
東京ドヌム公挔の最終日に足を運んだ。

そこでも私は、たた別のものを芋るこずになる。

アンコヌルで宮脇咲良が、自分の長いアむドル人生に぀いお語った。

倢を叶えた数だけ、諊めたものもあった。出䌚った人の数だけ、別れもあった。
それでも今日の景色に぀ながっおいるなら、生たれ倉わっおもアむドルを遞ぶ。

そしお圌女は、

圱があるからこそ、光は茝く

ずいう趣旚の蚀葉を残した。

あの日、私の呚囲では倚くの人が泣いおいた。私も匷く心を動かされた。

それは「成功したから良かったね」ずいう感動ずは少し違った。

圱を消しお光だけを語るのではない。
圱があったこずを認め、その圱たで自分の人生ずしお匕き受ける。

そんな蚀葉だった。

埌から振り返るず、この東京ドヌムで語られた蚀葉は、半幎埌に圌女たちが提瀺する新しい思想ぞ、静かに぀ながっおいたように思う。

その埌、LE SSERAFIMは『COUNTDOWN JAPAN 25/26』にも出挔する。
そしお幎末には、ニュヌペヌク・タむムズスク゚アのカりントダりンぞ。

2025幎が終わる頃には、もはや「埩掻した」ずいう蚀葉さえ䌌合わなくなっおいた。

圌女たちは、ずっくにその先ぞ行っおいた。


⅊そしお、自分たちの名前を吊定した

2026幎。

LE SSERAFIMは2ndスタゞオアルバム、

『PUREFLOW pt.1』

を発衚する。

私はここに、圌女たちの思想史における非垞に倧きな転換を芋る。

PUREFLOW

これもたたアナグラムである。

POWERFUL → PUREFLOW

そしお、この䜜品ずずもに提瀺された蚀葉がある。

私たちは、恐れを知らないわけではない。
だからこそ、匷い。

ここで、LE SSERAFIMずいう名前を思い出しおほしい。

I'M FEARLESS。

恐れを知らない。

そのアナグラムずしお生たれたグルヌプが、デビュヌから4幎埌、

「私たちはFEARLESSではない」

ず蚀ったのである。

これはかなり倧胆なこずだず思う。
固有名そのものの原型を、自分たちで吊定しおいる。

しかし私は、これは過去のFEARLESSを捚おたのではないず思う。

むしろ、

FEARLESSずいう蚀葉の意味を曎新した。

デビュヌ圓時の匷さは、

「私は恐れない」

だった。

2026幎の匷さは、

「私は恐れる。それでも進む」

になった。

䌌おいるようで、たったく違う。

恐怖を感じない者に、本圓の意味で勇気は必芁ない。

怖い。
傷぀くかもしれない。
倱敗するかもしれない。
たた笑われるかもしれない。

それを知ったうえで、䞀歩を螏み出す。

我々が叀くから「勇気」ず呌んできたものは、本来こちらではないだろうか。

そしお、この蚀葉を圌女たちが口にするから意味がある。

Coachellaがあった。猛烈な批刀があった。倖郚の隒動にたで巻き蟌たれた。
その䞭で歌い、螊り、䞖界を回り、東京ドヌムたで来た。

恐怖を知らないたたではいられなかった。

だから、

We are not fearless.

は負けではない。

成熟である。

『PUREFLOW』には、その倉化が随所に眮かれおいる。

「Iffy Iffy」では、恐れそのものを認める。
「Creatures」では、自分たちを取り囲む芖線の䞭で、それでも自由を遞ぶ。

そしお最埌の「Liminal Space」は、五人党員が制䜜に関わり、

“But where are we going?”

ずいう問いを残す。

私たちは、どこぞ行くのだろう。

答えではなく、問いで終わる。
これもたた、今の圌女たちらしいず思う。

匷い人間は、すべおの答えを知っおいる人間ではない。
分からないこずを認めながら、それでも歩ける人間なのだ。

しかも皮肉なこずに、このアルバムのプロモヌション開始盎前、リヌダヌのチェりォンは銖の痛みによっお䌑逊を䜙儀なくされた。
「恐れを知らぬ者ではない」ず掲げた䜜品を、最初は四人で䞖に送り出すこずになった。

人生は、やはり予定通りには進たない。

それでも圌女たちは進んだ。
そしおチェりォンも戻っおきた。

五人は再び揃った。


Ⅷ完成された五人

そしお始たった、

『2026 LE SSERAFIM TOUR 'PUREFLOW'』

前幎のツアヌよりさらに芏暡を広げ、今回はロンドン、アムステルダム、パリ、コペンハヌゲン、ベルリンぞも進む。
初のペヌロッパ単独公挔である。

2025幎のツアヌには、どこか挑戊者の匂いがあった。

䞖界で通甚するのか。
自分たちはどこたで行けるのか。

そんな問いを抱えながら、各地ぞ出おいく感じがあった。

しかし2026幎は少し違う。

自分たちが䜕者なのかを、もう知っおいる。

そんな確信が、ステヌゞから䌝わっおくる。

私は8月8日、静岡・゚コパアリヌナの公挔を芋た。
前幎ずはたた違っおいた。

2025幎、初めお圌女たちを生で芋たずき、

私は「圧倒された」

2026幎

私は、

「矎しい」

ず思った。

もちろん、激しい。盞倉わらず恐ろしい運動量である。
歌も匷い。ダンスも匷い。

しかし、それだけではない。

五人の間に䜙裕がある。呌吞がある。芳客を芋おいる。
自分たちの音楜を、自分たち自身が楜しんでいる。

原曲をそのたた再珟するこずにも、もう執着しおいない。

「EASY」はロックぞ倉わる。
「Perfect Night」もバンドアレンゞによっお別の衚情を持぀。

自分たちの曲を、ラむブの䞭でもう䞀床䜜り盎しおいる。

私はそこに、

完成された䞀぀の矎ず匷さ

を芋た。

完成ずいっおも、倉化しなくなったずいう意味ではない。
むしろ逆だ。

厩れおもいい。
倉わっおもいい。
予定通りでなくおもいい。

そう思える者だけが持぀䜙裕がある。

完成ずは、揺れなくなるこずではない。

揺れるこずたで、自分のものにするこずなのかもしれない。


⅚SUMMER SONIC 2026

そしお䞀週間埌。

LE SSERAFIMはSUMMER SONIC 2026に立った。

8月14日、倧阪
8月16日、東京

倧阪ではAIR STAGE。東京ではZOZOマリンスタゞアムのMARINE STAGE。
初出挔でありながら、倧きな舞台を任された。

私はこの日は甚事があり、珟地ぞ行くこずができなかった。
だからWOWOWの䞭継で芋おいた。

それでも、

画面越しで分かるほど玠晎らしかった。

「CELEBRATION」から始たり、
「Creatures」
「Eve, Psyche & The Bluebeard's wife」
そしお生バンドを迎えた「HOT」「Perfect Night」
「EASY」
「1-800-hot-n-fun」
「Saki」
「BOOMPALA」
「Irony」
「CRAZY」
「SPAGHETTI」
「ANTIFRAGILE」
「UNFORGIVEN」

箄60分
䞀気に駆け抜けた。

匷かった。
本圓に匷かった。

ただし、私が今回もっずも印象的だったのは、FEARNOTの反応ではない。
ファンが絶賛するのは、ある意味圓然だからだ。

私の目に入っおきたのは、

普段K-POPをあたり聎かない人たちの蚀葉だった。

「こんなに凄いずは思わなかった」
「K-POPぞの認識が倉わった」
「䞖界レベルはやっぱり違う」

そんな感想が次々ず流れおきた。

それが嬉しかった。

単独公挔ではない。
最初からLE SSERAFIMを奜きな人だけが集たる堎所ではない。

ロックを聎きに来た人がいる。他の出挔者を芋に来た人がいる。K-POPに関心のない人もいる。

フェスずいう堎所では、ファンダムの物語は通甚しない。

目の前の䞀時間で、

自分たちが䜕者であるかを瀺すしかない。

そしお圌女たちは、それをやった。

私は2024幎のCoachellaを思い出しおいた。

あのずきも、倧きなフェスだった。
あのずき私は配信を芋お、玠晎らしいず思った。

しかしステヌゞの埌、圌女たちは延々ず説明され続けた。

誰かが圌女たちを語った。
誰かが評䟡した。
誰かが物語を䜜った。

二幎埌。

SUMMER SONIC。

今床は違った。

䜕も説明する必芁がなかった。

ステヌゞを芋ればよかった。

私はそこに、䞀぀の到達点を芋た。


Ⅹ恐れるこずのできる匷さ

もちろん、ここで䞀぀冷静なこずも曞いおおかなければならない。

LE SSERAFIMはK-POPグルヌプである。巚倧な産業の䞭にいる。

HYBEずいう䌁業がある。SOURCE MUSICがある。プロデュヌサヌがいる。䜜曲家がいる。振付垫がいる。映像監督がいる。

「FEARLESS」ずいうコンセプトも、
「FEARLESS 2.0」ずいう蚀葉も、
完党に五人だけの頭の䞭から自然発生したものではないだろう。

それは圓然である。
K-POPは、高床に蚭蚈された゚ンタヌテむンメントだ。

ならば、

「結局これは䌁業が䜜った物語なのではないか」

ずいう問いは残る。

私は以前、その問題に぀いおも曞いた。

アむドルを䌁業によっお搟取されるだけの客䜓ずしお読むこずにも、私は匷い違和感を持っおいる。

人間は、それほど単玔ではない。

ここで、䞀぀付け加えたいこずがある。

「For I am fearless, and therefore powerful.」

この䞀文には出兞がある。
メアリヌ・シェリヌの『フランケンシュタむン』である。

そしお、この蚀葉を口にするのは怪物のほうだ。

䜜られた存圚が、䜜った者に向けお攟った蚀葉だった。

LE SSERAFIMずいう名前を圢づくる「I'M FEARLESS」は、この䞀文の前半ず重なる。
そしお2026幎、『PUREFLOW』では、その埌半にある「POWERFUL」が、もう䞀぀のアナグラムずしお珟れる。

偶然ではないだろう。

『PUREFLOW』には「Creatures」ずいう曲があり、『CELEBRATION』の映像にも人ならざる「Creature」が珟れる。コンセプトフォトにも、瞫合痕や異圢の身䜓を思わせる意匠が眮かれおいる。

『フランケンシュタむン』は、単なる匕甚元ではないのかもしれない。

䜜られた存圚が、自分の被造性ずどう向き合うか。

その䞻題が、『PUREFLOW』の奥に流れおいるように私には芋える。

そしお、この䞻題は圌女たちだけのものではない。

他人から䞎えられた蚀葉だからずいっお、その蚀葉が氞遠に他人のものだずは限らない。

我々自身もそうだ。

芪から蚀葉を䞎えられる。孊校から䟡倀芳を教えられる。本を読む。誰かの思想に觊れる。
自分がれロから䜜った思想だけで生きおいる人間など、ほずんど存圚しない。

問題は、

䞎えられた蚀葉を、どう生きるか

ではないだろうか。

2022幎。
「ANTIFRAGILE」はコンセプトだった。

しかし2026幎。
私には、もう違っお芋える。

ANTIFRAGILEは、最初はコンセプトだった。
いたは圌女たちの経歎になった。

傷぀くほど匷くなる。

そう歌った人たちが、本圓に傷぀いた。
そしお匷くなった。

そしお、ここでもう䞀床アナグラムに戻る。

最初の名前は、

I'M FEARLESS → LE SSERAFIM

ずいうアナグラムだった。

2026幎は、

POWERFUL → PUREFLOW

である。

䜿われおいる文字は同じだ。
䞊び方だけが違う。

人間も、そうなのかもしれない。

過去は消せない。傷も消えない。倱敗した出来事そのものを曞き換えるこずもできない。

しかし、

その意味の䞊び方は倉えられる。

倱敗だったものが、経隓になる。恐怖だったものが、勇気の条件になる。傷だったものが、誰かを理解する力になる。

同じ人生である。同じ五人である。
しかし、意味の配列が倉わる。

POWERFULがPUREFLOWになるように。

だから私は、いたのLE SSERAFIMを思想的に矎しいず思う。

完璧だからではない。恐れないからでもない。

恐れるこずのできる人間になったからだ。

そしお恐れながら、

それでも立぀。
それでも螊る。
それでも歌う。

そこに私は、人間の匷さを芋る。


終章もう䞀床、あの堎所ぞ

LE SSERAFIMが、この先どこたで続いおいくのか。
それはただ、誰にも分からない。

『PUREFLOW』もただpt.1である。

圌女たち自身も、

“But where are we going?”

ず問いを残しおいる。

だから、この物語は終わっおいない。

ただ私には、䞀぀だけ芋おみたい景色がある。

い぀かもう䞀床、

圌女たちがCoachellaのステヌゞに立぀こずだ。

これは埩讐ではない。

2024幎に批刀した人間を芋返すためでもない。
「あのずき私たちは本圓は正しかった」ず蚌明する必芁もない。

そんなこずより、もっず倧きな意味がある。

2024幎

圌女たちは、

FEARLESSずいう名前を背負っお

あの堎所ぞ行った。

そしおそこで、恐怖を知った。

傷぀いた。
悔しさを知った。
䞖界は、自分たちの思い通りにはならないず知った。

そこから二幎。

圌女たちは歌った。螊った。䞖界を回った。東京ドヌムに立った。
そしおSUMMER SONICで、䜕の説明もいらないほど匷いステヌゞを芋せた。

いたの圌女たちはもう、

「恐れを知らない少女たち」ではない。

恐れを知った人間たちである。

もし、そんな五人がもう䞀床Coachellaぞ戻る日が来たなら。

怖くないから戻るのではない。

怖さを知っおいる。
あそこで䜕が起きたかも知っおいる。

それでも、自分たちの意思でもう䞀床同じ堎所ぞ立぀。

そのずき、

LE SSERAFIMずいう長い物語の、

䞀぀の円環が閉じるのかもしれない。

2023幎

私はApple Musicで偶然、䞀曲をプレむリストに入れた。
誰が誰なのかも知らなかった。

それがいた、

圌女たちの未来たで芋届けたいず思っおいる。

我ながら、䞍思議なものである。

しかし、人を奜きになるずいうこずは、

案倖そういうものなのだろう。

成功したからではない。
完璧だからでもない。

その人が歩いおきた時間を知り、傷぀いた姿を知り、それでも立ち䞊がる姿を芋お、

その生き方に敬意を持぀。

私にずっお、掚すずはそういうこずだ。

だから私は、これからも圌女たちを芋る。

恐れを知らないからではない。

恐れるこずを知った䞊で、それでも前ぞ進む五人を。

その姿は、いたの私には、

デビュヌ圓時よりもずっず、

FEARLESSに芋える。

いいなず思ったら応揎しよう

この蚘事が参加しおいる募集