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【わたしと東京③】友人の死が私を変えてくれたこと。

わたしの東京物語、その3。

新社会人時代の話です。
もう30年近く前。

一人の友人が逝きました。

友人は世界中を旅するくらい
活発で知的な人物でしたが、
ある時、エイズにかかりました。
今から30年も前の話です。
今なら彼の命は助かったでしょう。

ある日、旅サークルの仲間が
私の部屋に集まりました。
8人くらいはいました。
夏でした。
すき焼きをしました。
熱くて、汗が噴き出て、
みんなにタオルを出したことが
よく覚えています。

やがて時間も更けていき、
一人去り、
二人去り
最後にくだんの彼が残りました。

その時、彼が
エイズのことを話してくれました。

私はすき焼きの鍋をつつく気持ちが
ふっとんで、
しばらく彼の顔を黙って見てました。
彼も黙って私を見ていました。

その後も、
彼は至って元気で、
いつも会えば、文学話をしてました。

藤原新也、
宮本輝、
太宰治、
コリン・ウィルソン、
村上春樹、、、。

やがて、くるべき時が
じわじわと近づいてきました。

徐々に免疫機能が衰えて
様々な病を併発するようになりました。

彼を病院に見舞いに行くと、
顔つきに死相がくっきり
浮き出てきました。

そうなればなるほど、
私は彼を笑わせようとして、
でも空回りして、
ダダすべりしてました。

私の話し声が
病室の天井や壁にやけに
反響していたことは
あまりに切なく、情けなく、
今もまだ昨日のように覚えてます。

沈黙を恐れることなく
じっと互いを眺めているほうが
遥かに良かったかなあ。
今はそう思います。
変に空回りするよりは、、、。

死を前にして、
どんな風な態度に出るか、
そこにその人の本性が
出るかもしれませんね?

帰り道、ツバメたちが騒がしく舞い、
私は激しい自己嫌悪になりました。

彼はその年に逝きました。

私は大学を卒業して
ブラックなマンガ出版社で、
騒がしい毎日を過ごしてましたが、
彼の死を受けとめ切れず、
その会社をやめてでも、
後悔はしないよう、
やりたいことをしよう、
ただ漠然とそんな気持ちから
数ヶ月して退職しました。
次の転職先を決めることもなく。

やはり、20代初期に
友人を失う体験は、
曖昧な生き方はできない、
ギリギリな態度で生きよ!
という覚悟をくれました。

ただ、その覚悟によって
私はさらに空回りして
会社を転々とするのですが、、、。

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