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父は、何を抱えて母のもとへ来たのか



父は、何を抱えて母のもとへ来たのか

前の記事を書いてから、
ずっと父のことを考えていました。

私はこれまで、
父について話すとき、

「酒乱だった父」
「競艇に通った父」
「怖かった父」

そんな記憶から思い出すことが
多かったように思います。

でも、
それだけではなかった。

今の私だからこそ、
父の立場からも
書いてみたいと思います。

父には、
私が生まれる前から
家庭がありました。

二人の息子がいました。

そして、その家庭にも
私にはすべて理解できない
複雑な事情がありました。

父は結婚後、
勤務していた役場で
自分の家族について
思いもよらないことを知り、
複雑な気持ちになったそうです。

その後、父は
アパート経営や営業の仕事を
していました。

けれど、
同期だった人が先に出世したことが悔しくて、
仕事を辞めたそうです。

負けず嫌いだった父にとって、
それはきっと
大きな挫折だったのだと思います。

そんな時期に、
父は母が働いていた飲み屋へ
通うようになりました。

そして、
母のお腹に私がいることが分かりました。

父は家を出て、
母のアパートへ転がり込みました。

母は何度も、

「息子がいるんだから、
家に戻って」

と説得したそうです。

それでも父は戻りませんでした。

そして、
私は生まれました。

今振り返ると、
父は何を思っていたんだろう。

何を捨てたかったのだろう。

何を求めていたんだろう。

そして、
何を抱えていたんだろう。

子どもの私には、
分かりませんでした。

ただ私は、
父の先妻から

「あなたさえいなかったら」

「生まれてこなければよかった」

と言われました。

その言葉は、
子どもの私の心に
深く残りました。

私が生まれたことで、
義理の兄たちが悲しい思いをした。

私がいなければ、
違う人生だったのかもしれない。

そんな思いが、
長い間、私の中から消えませんでした。

「私は、生まれてきてよかったの?」

そんな気持ちを、
心のどこかに抱えて
生きていたのだと思います。

一方で父は、
母と二人で
リヤカーを引きながら、

不要になったアルミなどを集めて売る
地金商の仕事を始めました。

生活は決して楽ではありませんでした。

父はお酒にも
おぼれるようになりました。

週に何度も飲みに行き、
母が迎えに行く。

タクシーの中で
運転手さんに大声で喧嘩をふっかけ、
争いになることもありました。

母の兄と一緒に飲んでいた時には、
イミテーションの日本刀を
振り回そうとしたこともありました。

普段の父は、
頭がよくて優しい人でした。

でも、
お酒が入ると別人になる。

子どもの私には、
それが本当に怖かった。

そして父は、
競艇にも通うようになりました。

「たまに」ではありません。

しょっちゅうです。

駅から競艇場へ向かうバスに乗って、
出かけていく父の姿を覚えています。

仕事がない日は、
3万円ほど持って出かける。

そして、
全部使って0円で帰ってくる。

生活はぎりぎりでした。

それでも、
元になるお金として
7万円くらいは
いつも手元に置いていたそうです。

後になって聞いた話では、
競艇に使ったお金は
3000万円ほどになっていたそうです。

子どもの私は、

「どうしてそんなことをするの?」

と思っていました。

怖かったし、
腹が立ったこともあります。

酒乱で暴れる父が怖くて、
大阪へ逃げたこともありました。

中学生の頃には、
学校の宿題だった浴衣を
旅館で縫ったこともあります。

振り返れば、
私の子ども時代は
決して平坦ではありませんでした。

でも、大人になった今、
私は父を一面だけでは
見られなくなりました。

父にも、
父にしか分からない
苦しさがあったのかもしれない。

自分の息子を置いて家を出たこと。

仕事で思うようにいかなかったこと。

家族を養わなければならないこと。

自分の人生が
思い描いたようにならなかったこと。

父は、
それらを抱えきれずに
お酒や競艇に
向かってしまったのかもしれません。

もちろん、
だからといって
子どもの私が怖い思いをしたことまで
なかったことにはできません。

怖かった。

寂しかった。

「どうして私の家は
普通じゃないんだろう」

と思ったこともあります。

でも今は、

父もまた、
不器用に生きていた
一人の人間だったのだと思います。

怖かった父も父。

優しかった父も父。

弱さを抱えていた父も父。

そして、
私の父であったことも事実。

人は、
一つの面だけでは
語れないのかもしれません。

私も長い間、
自分の生い立ちを
恥ずかしいものだと思っていました。

でも、
過去を白か黒かだけで
決めなくてもいい。

誰かを許すためではなく、

自分自身が
過去に縛られ続けないために。

少しずつ、
そんなふうに思えるようになりました。

そして今の私は、
人生の中に
「楽しみ」を見つけることも
できるようになりました。

そのひとつが、
推し活です。

昔の私だったら、
自分のために時間やお金を使うことに
罪悪感を持っていたかもしれません。

でも今は、

「楽しんでいい」

「好きなものを好きと言っていい」

そう思えるようになりました。

人生には、
思い通りにならないこともある。

苦しいことも、
消したくても消えない過去もある。

それでも、
その人生の中に
楽しみを見つけることはできる。

私にとって推し活は、
ただの趣味ではなく、

「今日も生きていてよかった」

と思える時間のひとつです。

ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。

私の過去を知って、

「読んでよかった」

と思ってもらえるかは分かりません。

それでも、

「この人も、
いろいろ抱えながら
ここまで生きてきたんだ」

と感じてもらえたら嬉しいです。

そして、
もしあなたにも
人には言えない過去があるのなら、

その過去だけで
あなたの人生の価値が
決まるわけではない。

私も、
まだまだこれからです。

過去を抱えたままでも、
笑っていい。

楽しんでいい。

好きな人を、
好きだと言っていい。

私は今、
そんな人生を
少しずつ生きています。

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