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もう一度、大学に通うということ


#未来のためにできること

私は学生時代、働きながら大学へ通っていた。

学費は奨学金でまかない、生活費は自分で稼いでいた。

学生の本分は学ぶことだ。だから本当は、あの時に結婚をするべきではなかったことも重々分かっていた。

家庭は不安定だった。

働き、生活を支え、そのうえで学ぶ日々に、少しずつ心が軋んでいった。

結婚後、元夫から言われた。

「大学は必要ない」
「奨学金を返しながらまで通うべきではない」

当時はリーマンショック後で、将来への不安も強かった。

それでも私は、大学を諦めたくなかった。

続けさせてほしいと、土下座までした。

けれど結局、私は中退した。

元夫に言われたからだけではない。

不安定な家庭と、仕事と、学業を抱えることに疲れ、どこかへ逃げたかったのだと思う。

しかし、大学を辞めても奨学金は消えなかった。

学位は残らず、返済だけが残った。

その返済は、血反吐を吐くほど苦しかった。

働いても働いても、諦めた未来の代金だけを払い続けているようだった。

それでも、学ぶことを嫌いにはなれなかった。

離婚したあと、ようやく私はもう一度学び直したいと思えた。

通信制大学ならできるかもしれない。

仕事をし、家事をし、息子を育てながらレポートを書いた。

以前にも一度、別の通信制大学に挑戦して挫折している。

それでも、もう一度始めた。

ようやく学びを終えた今、思う。

未来のためにできることは、誰かに簡単に「諦めるな」と言うことではない。

弱って逃げた人にも、失敗した人にも、もう一度学べる道を残すことだ。

そして私は息子に、言葉ではなく姿で伝えたい。

一度手放した未来も、拾い直すことができる。

大学を卒業できたのは、私一人の力ではない。
学び直せる仕組みと、暮らしの中で私を支えてくれた息子や周囲の人がいたからだ。
誰かがもう一度学びたいと思った時、その道と心の支えを次へつないでいく。それが、私にとっての「未来のためにできること」なのだと思う。

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