漆黒の制裁、最期の審判 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン5 その16
「シロタン!」
「風間!」
「おい!一号!」
誰かが俺を呼ぶ。
瞼の向こうにぼんやりとした光を感じる。
ゆっくりと瞼を開けると、世界はぼやけていた。
その焦点が徐々に定まっていく。
砂利だ。同時に土のような臭いを感じる。
俺はうつ伏せで横たわっていた。上体を起こす。
「やった!生きてるぞ!」
その声は森本だろうか。俺は両脇から誰かに支えられた。
ここはどこだ?
俺は二人掛かりで起こされると、地面の上に胡座をかく。
事態が飲み込めない。
「ここはどこだ?」
「入間川高校だ」
榎本の声だ。俺の疑問に榎本が答えた。
周囲を見回すと、確かにここは入間川高校、その校庭だ。
視線の先には真っ二つに裂けた宮塚の車、その向こうには池が見える。
そうだ、そうだった…
「俺たちは“仮面”の加粒子砲の光の中に飲み込まれたはずだ」
「ご覧の通り、無事だ」
二号がいつもの大袈裟な動きで肩をすくめてみせた。
二号のその声に改めて周囲を見回す。
“仮面”の加粒子砲にによって、空は割れ、校舎はおろか大地も割れたはずなのだが、全てが元通りに戻っている。
「“仮面”は?」
「見当たらねえ」
と森本。森本は目を真っ赤に充血させていた。
「他の奴らは…」
「戻ってきた奴もいれば、いない奴もいる」
俺の疑問に二号が答えた。
俺は二号を見据え、
「堀込は…、富田は…」
俺の一言の後、鼻をすする音が聞こえた。
「いねえ」
森本は鼻をすすりながら答えた。
「奴らはもう戻ってこない。
あの茶坊主って奴もな」
二号だ。そうだ、空が裂ける前、二号はそう言っていた。
「栗栖…、“仮面”の世界は終わったのか」
「まだわからんよ」
榎本はそう言いつつ、サングラスを押し上げた。
「パッと見、いなくなった奴もいるけどよ。宮塚の車以外、全部元通りに見えるぜ」
森本の言葉に榎本のサングラスが光った。
「宮塚の車…、
早くこの場を立ち去るべきだ。急ごう」
榎本のその言葉に促され立ち上がった時、足元に細長い何かを見た。
富田の脇差しだ。
富田は消える直前、俺にこれを託したのであった。俺はそれを手に取る。
富田の最期と堀込の最期が脳裏に浮かぶ。
「風間、行こう」
榎本に促されるがまま、俺はこの場を離れる。
一年E組の教室へ入ると、校庭の方から誰かの泣き叫ぶ声が聞こえた。
* * *
「僕のなかのダーク・オメガが、また暴れたがってる」
見知らぬ男がカンニングペーパーを手に、そこに書かれた内容を読み上げた。この上なく棒読みだ。
そして片手を目にかざした後、ヒロイックなポーズをする。その動きはぎこちない。
見知らぬ男は校庭にある、校長が乗っかって話をする台、朝礼台の上にいた。
否応なく、皆の視線が見知らぬ男の元へ集まる。
朝礼が始まる前、全校生徒に校庭へ集まるよう、校内放送が流れた。
何事か、と思い校庭へ向かうと、そこには宮塚と生徒会メンバーらの姿があった。
宮塚はこれから魔法の授業を始めるとだけ告げた。
「もっと感情を込めろ!」
宮塚はマイクを手に取り、朝礼台に向かって怒号を飛ばした。
マイク越しであっても、宮塚の酒焼けボイスは聞き取りにくい。
見知らぬ男は怯えた表情を浮かべた。
「封印されし我が血脈のゼウス・コアよ、今こそ漆黒の制裁を下せ!」
見知らぬ男はヤケクソ感を露わに、何やら格好付けたようなポーズとなり、胸元のポケットから菜箸を取り出した。
「絶対不可避のディストピアを紡ぐ、ラスト・ジャッジメント!
……消え去れ、因果の彼方へ!」
見知らぬ男は絶叫した後、菜箸を天高く振り上げた。
宮塚風の魔法か。
しかし、何も起こらない。
「次ぃぃっ!」
宮塚の怒号に見知らぬ男が朝礼台から降りると、次の男がそこへ向かう。
ただひたすらに、見てるこっちが恥ずかしくなること50分。
一時間目終了のチャイムが鳴った。
宮塚はマイクを手に取る。
「今日、気がついたら俺の車が真っ二つにされていた。
その痕跡からゼウス・コアによるものと判断した」
宮塚の言うゼウス・コアとは何か。
「この中に俺以外にも魔法を使う奴がいる、ということだ。
誰だ!」
宮塚のその話に全校生徒はざわめく。
宮塚はどうやら、奴の車を真っ二つにした犯人を探しているようだ。
しかし、宮塚の車を真っ二つにしたのは“仮面”だ。奴の加粒子砲によって真っ二つにされたのである。
「正直に名乗り出ろ!
今なら坊主だけで済ませてやる」
と宮塚は言った。とてもじゃないが、これは坊主頭で済む問題ではないだろう。
「馬鹿言ってるんじゃねえよ!
やったのは“仮面”だろ!」
俺の背後から声があがる。森本だ。
その森本の声に“そうだ”等の声がまばらにあがる。
「かめん?」
宮塚はとぼけたような表情を浮かべた。
「“仮面”だよ!か!め!ん!」
森本はそう叫んだ。
「…被る仮面のことか?」
宮塚はとぼけているのかのようだ。
「生徒会副会長の“仮面”だよ!」
森本のその一言に、朝礼台付近にいる宮塚、生徒会メンバー、風紀委員らは怪訝そうな顔色となり、集められた学生らの間からも不審の声があがった。
「なんだよ。俺、変な事言ったか?」
森本は宮塚たちや、学生らの反応が腑に落ちない様子だ。
「いや、変なことは言っていない」
「だよな?何なんだよ」
俺が同意をすると、森本は首をかしげた。
「森本〜っ、何を言ってるんだ?」
宮塚は森本を小馬鹿にするように言った。
これに森本は激昂する。
「だから言ってるだろうがよ!
生徒会副会長の“仮面”がやったんだって!
奴が加粒子砲であんたの車を真っ二つにしたんだよ!」
森本の話に宮塚らは哄笑した。
「森本。お前はどこか別の世界から来たのか?
生徒会副会長は阿久津だぞ」
宮塚のその言葉を受け、クロの横に立っていた男が一歩前に出た。
『何ぃっ!』
思わず、俺と森本は声を揃えていた。
生徒会副会長、阿久津と呼ばれた男が会釈をすると、その名を呼ぶ声や歓声が飛ぶ。
「シロタン、これは何なんだよ」
森本は驚きに目を剥く。
「わからん。やはり世界が変わったのか…」
栗栖の世界は終わったのか?
「森本〜、仮面?かりゅうしほう?お前漫画とかアニメの見過ぎなんだよ!どうかしてるぞ!」
その最中、生徒会の誰かが森本を揶揄した。
「魔法とか言っちゃってる、お前らも似たようなもんだろうが!」
森本が言い返すと宮塚の顔色が変わった。宮塚は上着のポケットから菜箸を取り出す。
そして、宮塚は格好つけたポーズをとり、片目を隠した。
「俺のなかのダーク・オメガが、また暴れたがっている」
宮塚は変身ポーズのように素早く腕を動かす。
「封印されし我が血脈のゼウス・コアよ、今こそ漆黒の制裁を下せ!
絶対不可避のディストピアを紡ぐ、ラスト・ジャッジメントォォ!
……消え去れ、因果のっ!彼方へ!」
宮塚は噛む事なく捲し立て、菜箸を俺たちに向けた。
その刹那、閃光が走り、耳をつん裂くような雷鳴が轟き、強烈な衝撃が大地を揺らす。
目の前が真っ白になる。
耳鳴りの向こうから、呻き声や泣き声が聞こえる。
気がつくと、俺は反射的にしゃがみ込んでいた。
これは宮塚による雷の魔法か。
宮塚の野郎…
耳鳴りが響く中、俺はふと周囲を見回し、違和感に気づいた。
しゃがみ込む奴や倒れている奴もいるのだが、それは俺の列、一年E組の奴らだけなのである。
他のクラスの連中は呆然としているものの、無事のようだ。
次第にこの状況が何であるのか理解出来た。
宮塚は一年E組の列にだけ落雷させたのである。
「畜生っ、宮塚の野郎」
森本の呟きに後ろを振り返ると、森本はよろめきながら立ち上がった。
「わかったか?連帯責任だ。
これでもかなり手加減したぞ」
スピーカー越しの、宮塚の酒焼けボイスが鳴り響いた。
「今日はここまでにしておいてやるが、俺の車を真っ二つにした犯人が見つかるまで、毎日魔法の授業をやるからな!
覚えておけ!
解散!」
宮塚はさらに捲し立てると、マイクを地面に叩きつけた。
その耳障りな騒音が、スピーカーを通して全校に響き渡る。
宮塚の解散の号令によって、全校生徒が入間川高校の昇降口へと向かう。
宮塚による、雷の魔法を受けた一年E組の学生らの足取りは重い。
そのほとんどは頭が痛い、何処ぞが痺れているだの被害を口にしているのだが、一人どこ吹く風とばかりに、平然としている奴がいた。
糞平だ。いつもの様に布団を担いでいる。
「糞平。お前、今の何ともなかったのか?」
その驚きに思わず、口をついて出た。
「え?何の話?」
俺からの問いかけに、糞平はいつもの抑揚の無い口調で答えた。
「魔法のことだ」
糞平は俺の一言を軽く鼻で笑った。
「魔法ね。あの閃光と音にはびっくりしたけど、あれって手品みたいなものでしょ?
魔法なんてあるわけがないよ」
糞平が再び、鼻で笑った。
糞平にも驚くことがあるというのは意外である。
しかし、それ以上に「魔法なんてあるわけがないよ」で片付ける糞平が予想外だ。
