おばあちゃんとスター食堂とわたし
2017年に102歳で亡くなった祖母。
こどもの頃、誕生日に四条大宮のスター食堂に連れて行ってくれた。
ぼくは母のハンバーグが大好きだったが、
スターのハンバーグも大好きだった。
祖母は着物を着ておめかししていた。

祇園で生を受け、訳あって養女に出された祖母。
洛中で生きて、
三男夫婦(ぼくの両親)と移住した岡山の地で亡くなった。


生前「いつが一番、大変やった?」と聞くと、
「そら、こども三人抱えて、おじいちゃんが戦争に取られたときや」
と笑った。

鼻をかんだティッシュを乾かして再利用。
態度の悪い引越屋にも心づけ。
勝手に養子に行った四男を勘当。
祖母は、気骨のある大正の女だった。
119番の指示で人工呼吸を施した日。
「肋骨が折れても構わないから」。
「無茶な指示だなあ」と思いながらも、
祖母の胸板を懸命に押し続けた。
しかし、彼女が息を吹き返すことはなかった。
多臓器不全。
お棺に、と託された頭陀袋。
こどものころの通知簿、卒業証書、息子たちのへその緒、結婚式の写真、
そして五男の母子手帳。
独身だった五男を死ぬ直前まで心配していた。



告別式で一番泣いていたのは、
娘の結婚を機に勘当が解かれた四男だった。
最後までボケることはなかった。
おまるこそ使ったが、尊厳を守るため後始末は自分でしていた。
スター食堂はもうないけれど、
庭に腰かけ日向ぼっこをしていた祖母の姿を、
今もぼくは忘れない。
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