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パニック障害とわたし①

わたしの人生設計を根底から覆したパニック障害。(診断当時は不安神経症)

あれさえなければ、不本意な転職を繰り返すことも、大切な人との別れを繰り返すことも、世の中の最下層で辛酸を嘗めることもなかっただろう。きっと今ごろ、あの会社の役員室でふんぞり返っていたに違いない。

最初にパニック発作を起こしたのは20代後半、苦手な飛行機の搭乗を待っている時だった。突然、耐えがたい吐き気と予期不安に襲われ、とどめに空えづき。それが、地獄の日々の始まりだった。

生まれたところを遠く離れた街で、何度もパニック発作に襲われ、道端に蹲り、我が身の不幸を呪った。絶望の中でただひたすら、孤独だった。

だが周りは言った。
「おまえは怠けている」。
おれが?怠けている?あなた達の数百倍も死ぬ思いで生きているのに?

製薬会社の儲け主義が末端にまで及び、挫折を知らない三流の人間が医師面している精神医療界の実態を知った。精神病患者が世間から疎外されていくプロセスも多く見てきた。

もちろん、中には良い医師もいた。「主治医契約をしている以上、わたしはきみの味方だ。だから客観的でも第三者的でもない。きみを守るためなら嘘の診断書でも書く」。その言葉に泣いた。

どんなに優しくて相手を思いやる気持ちがあっても、心が健常な人にわたしの味わってきた塗炭の苦しみは体感として理解できないと思う。それはある意味当たり前だし、ましてや世間一般の多くの人たちが寄ってたかってわたしを排除しようと謀ったのも無理はない。

社会復帰のリハビリ程度の軽い気持ちで入社した今の勤務先で10年目を迎えた。死ねばいいと顔も見たくないと心底願う社員はいるけれど、妻と主治医そして友人に支えられて今日まで歩んで来れたことを誇りに思っている。

今、絶望の淵に佇んでいるそこのきみ。いつか必ず笑いあえる日が来るから、お互い無理しない程度に頑張ろう。

この記事は「夜明けのすべて」の映画レビューをエッセイとして再編集したものです。

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