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​「なぜ人間は争うの?」祖国を滅ぼされたお釈迦様が残した、戦争と「恨みの連鎖」を断つ教え


​今回は「戦争と平和」という人間の根源的な問いに対し、お釈迦様自身の悲しい経験と、有名な『法句経(ダンマパダ)』の教えを交えて紐解いていきます。




終わらない戦争 私たちはなぜ、自分と違う者を排除したくなるのか

テレビやスマートフォンのニュースを開けば、いつも世界のどこかで争いが起きています。

破壊される街、涙を流す人々。それを見るたびに、「どうして人間は、こんな悲しいことを繰り返すのだろう」と胸が締め付けられる思いがします。

​歴史を振り返っても、人類から戦争が完全に無くなった時代はありません。


人間には悲しいことに、「自分たちとは異なる者を駆逐したい」、「相手を征服し、自分たちの正しさを証明したい」という、エゴや欲望が根底に潜んでいます。やられたら、やり返す。その「恨みの連鎖」が、新たな火種を生み出し続けているのです。

​では、2500年前に悟りを開いたお釈迦様(ブッダ)は、この「戦争」という人間の業(ごう)をどう捉えていたのでしょうか?


​実は、すべてを超越した存在のように思えるお釈迦様自身も、戦争の悲劇と決して無縁ではありませんでした。

むしろ、誰よりも深くその悲しみを味わった一人だったのです。



「お釈迦様の国も滅ぼされたんだよ」 和尚さんが語る、悲しみの歴史


​朝のニュース番組から流れる凄惨な映像を見て、さとるくんは暗い顔でテレビを消しました。

休日、お寺の縁側で、

​「和尚さん……人間って、どうして戦うの? いつも世界のどこかで戦争が行われているよね」


​和尚さんは静かに温かいお茶をすすり、深くため息をつきました。

「悲しいことじゃが、それが人間の現実じゃな。自分の利益を守るため、自分と違う考えを排除するため……人はすぐに剣をとってしまう」


​「そんなの絶対におかしいよ。お釈迦様みたいに、みんなが優しい心を持てばいいのに」

​さとるくんの言葉に、和尚さんは少し伏し目がちになりました。


「そうじゃな。じゃがな、さとるくん。実はそのお釈迦様も、自分の生まれた国を戦争で滅ぼされておるんじゃよ」


​「ええっ!?」

さとるくんは驚いて顔を上げました。

「お釈迦様がいながら、どうして国が滅ぼされちゃったの?」


​「お釈迦様は元々、『釈迦族』という国の王子様じゃった。彼が悟りを開き、偉大な教えを広めていた晩年のこと。隣の強大な国が、釈迦族を恨み、軍隊を率いて攻め込んできたんじゃ」


​「お釈迦様は止めなかったの?」

​「もちろん、止めようとされた。お釈迦様は進軍してくる軍隊の前に一人で座り込み、三度も軍隊を撤退させたと言われておる。じゃが……四度目、とうとう軍隊は止まらなかった。過去からの深い『恨みの連鎖』の濁流は、どれほど偉大な仏の力をもってしても、止めることができなかったんじゃよ」


​さとるくんは、ショックを受けたように言葉を失いました。

「……そんなの、悲しすぎるよ。じゃあ、やられたお釈迦様たちは、やり返したの?」


​和尚さんは首を横に振りました。

「いいや。お釈迦様は決して『復讐しろ』とは言わなかった。むしろ、その深い悲しみの中で、人類にとって最も大切な教えを残されたんじゃ。それはな、『恨みは、恨みによっては決して消えない』ということじゃよ」


​「恨みは、恨みで消えない……」

​「そうじゃ。誰かが『やられたから、やり返す』と言って剣を振るえば、今度は相手の子供が『親を殺された』と恨みを抱き、また剣をとる。この連鎖をどこかで断ち切らねば、人間は永遠に血を流し続けることになるんじゃ」


​さとるくんは、和尚さんの言葉を胸の奥で何度も反芻しました。

遠い国の出来事だと思っていた戦争が、人間の心の中にある「恨み」という感情から繋がっていることに、気がついたからです。



「恨みは、恨みによっては決して消えない」ブッダの究極の平和論


​お釈迦様(ブッダ)は、戦争や戦いについてどのように考えていたのでしょうか。仏教の視点から、その教えを深く紐解いてみましょう。


​1.お釈迦様の祖国「カピラ城」の滅亡

仏教の伝承によると、お釈迦様の祖国である釈迦族の国は、隣国コーサラ国のヴィドゥーダバ王(瑠璃王)によって滅ぼされました。ヴィドゥーダバ王は過去の出来事から釈迦族に深い恨みを抱いており、大軍を率いて侵攻しました。


お釈迦様は炎天下の中、葉の落ちた枯れ木の下に座禅を組み、「親族の陰は涼しいものです」と王に語りかけ、三度まで軍を退かせたという有名なエピソードがあります。しかし、互いの過去の業(ごう)と恨みの連鎖が限界に達していることを悟り、四度目は静かに現実を受け入れたとされています。


​2.戦争の根本原因は「我執(がしゅう)」

仏教では、争いの根本的な原因は「自分こそが正しい」「自分たちとは違うものを排除したい」という我執(エゴ)にあると考えます。

領土や資源への「貪り(欲)」、思い通りにならないことへの「怒り」、そして自分と他者を切り離して考える「愚かさ」。これらが肥大化した最終形態が、戦争なのです。


​3.「恨みの連鎖」を断つという究極の教え

祖国を滅ぼされるという最大の悲劇を経験しながらも、お釈迦様は決して武力による報復を肯定しませんでした。

仏教の最も古い経典の一つ『法句経(ダンマパダ)』には、このような有名な言葉があります。


​「この世において、恨みは恨みによって鎮まることは決してない。恨みを捨てることによってのみ鎮まる。これは永遠の真理である」


​「やられたらやり返す」という正義は、相手にとってもまた正義であり、永遠に終わらない悲劇のループを生み出します。

本当の勇気とは、相手を力でねじ伏せることではなく、自分自身の心の中にある「怒り」や「恨み」の炎を鎮め、その連鎖を自分の代で断ち切ることだと、お釈迦様は教えているのです。

​世界からすぐに戦争を無くすことは難しいかもしれません。


しかし、私たちの身近な人間関係の中にある「小さな恨み」や「怒り」を手放すことなら、今日からでもできるはずです。

一人ひとりの心の中に平穏の種を蒔くこと。それこそが、究極の世界平和へと繋がる第一歩なのではないでしょうか。




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