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三尺

盆の夜の畑には入るな。

祖父母宅で夏休みを過ごす幼い私たちに祖母はそう言い聞かせた。

家は山のほぼ頂上にあった。

すぐ上には深い林が迫り、風が吹くたびに木々がざわざわと波打つ音が聞こえていた。

その立地ゆえに、下界から切り離されたような独特の静寂を湛える。特に夏の夜の闇は、都会とは比べものにならないほど深く、どろりとしていた。

祖母の言葉は単なる子供騙しではなく、その土地の土に染み込んだ境界線を告げる警告のように響いた。お盆の時期、あの世とこの世を隔てる帳は薄くなる。誰もいない畑の闇では、ご先祖様だけでなく、行き場を失った無縁仏や異形たちが生い茂る葉陰に集まって蠢いているのだという。子供心に、窓の外に広がる緑の闇が急に恐ろしく思えたことを覚えている。

夏の昼下がり、その祖母が、台所で異様に長い緑の豆をペキペキとリズミカルに折っていた。

隠元豆をそのまま限界まで引き延ばしたような、細い青蛇のような不思議な姿だった。

「おばあちゃん、これなあに」と訊ねると、「『ささげ』たい」と長崎の訛りで教えてくれた。

大人になり、あれは「三尺ささげ」と呼ばれる品種であったことを知った。

三尺。

一尺が約三十センチメートルであるから、三尺はおよそ九十センチメートルだ。

実際にはそこまで育つ前に収穫されるが、植物でありながら「三尺」という人間の身体を基準とした寸法が名に冠されていることに、妙な座りの悪さを覚えた。日本の怪談や民俗学の世界において、この「三尺」という数字は、極めて象徴的かつ不気味な意味合いを持っている。

伝統的な化け物や幽霊の記述を紐解くと、異界の住人たちのサイズは「三尺」、あるいはその半分の「一尺五寸」と形容されることが圧倒的に多い。座敷童子、河童、ぬらりひょん。火を操る大天狗である秋葉三尺坊。

彼らはみな、人間と同じような形をしていながら、大人でも子供でもない、およそ九十センチメートルほどのコンパクトな体躯を持っている。三尺という大きさは、赤ん坊にしては大きすぎ、成人にしては小さすぎる。

つまり、この世の規格から外れた、もっとも奇妙に見える境界線のサイズなのだ。住宅の物陰や縁側の隅、台所の流しの下といった人間の「死角」に潜むのに絶妙な大きさでもある。

ふと気配を感じて視線を落としたとき、そこに大人のような老獪な顔をした三尺の影がうずくまってこちらを見上げている。それは古来日本人が本能的に恐れた、「隙間」の恐怖の正体かも知れない。

そう考えると、あの夏の山頂の畑の闇で、だらりと伸び広がっていた三尺ささげの姿が、俄然
、別のものに見えてくる。

うだるような日本の酷暑の中、アフリカの灼熱の記憶を持つささげだけが、夜の闇を吸ってぐんぐんと「三尺」の長さにまで身をよじっていく。祖母が「入るな」と戒めたお盆の夜、無数の緑の莢が、まるで異界から伸びる無数の細い手のように蠢いていたのだろうか。

この野菜には言語学的な「ねじれ」の歴史も潜んでいる。普段口にする隠元豆は、江戸時代に隠元禅師が日本に伝えたとされるが、近年の研究では、禅師が持ち込んだのは「ササゲ」の仲間だったという説が有力だ。言葉が指す対象が時代と地域の中でシャッフルされ、関西や九州の一部では今でも呼び名の逆転現象が残る。名前すらも、掴みどころのない妖怪のように、歴史の闇の中で「ぬらり」と姿を変えてきた。

漢字で書けば「大角豆」。その「角」という文字はどこか鬼の角を連想させる。また、名前の由来とされる「両手で物を神仏に『捧げる』」という行為も、視点を反転させれば、お盆という異界との交信の時期に生贄を捧げる儀式の構図へと変貌を遂げる。

もう一つ、ささげの語源には、その細長い莢を小さな獣の牙に見立てて「細々牙(ささげ)」と呼んだ、という古い解釈が存在する。

「神仏に物を『捧げる』」という従順な響きの裏に、「隙間に隠された無数の牙」という意味が潜んでいるとしたら。お盆という異界との交信の時期、暗闇の中で静かにその牙を剥き出し、長く伸びていく植物の姿は、ますます妖しさを帯びてくる。

八百屋の軒先であの懐かしい三尺ささげを見つけた。都会の街並みの中で、その長い緑だけが異質な妖気を放っているように見えた。手繰り寄せるようにして、私はそれを手にしていた。

熱した油の海に投げ入れると、パチパチと激しい音が台所に響き渡る。

その音は、闇の中で何かが爪を立てて障子を引っ掻く音であり、あるいは人間の都合の良い形に押し込められた怪異が身をよじって爆ぜている悲鳴のようだ。

箸でひとつつまみ、口へと運ぶ。

きゅっ、きゅっ。

咀嚼するたび、奥歯の裏で、あの独特の小気味よい音が鼓膜へと響く。

きゅっ、きゅっ。

規格外の長さを奪われ、人間の皿の上に丸め込まれた三尺の怪異が、私の口の中で小さくすすり泣いている。

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