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なぜ左翼人文学は80年代以降も生き延びたのか

昨日、Xに韓国語で、こんな投稿がありました。


私は、韓国の人文社会科学界がフーコー、ラカン、デリダ、デルーズ、ランシエール、バリバール、ラトゥールなどなど、ありとあらゆる西欧の理論家たちを何十年も研究し続けた結果として何を生み出したのか、そしてこれらの理論に基づいて、研究者や一般教養人に広く通じる韓国社会の解釈枠組みを一つでも構築されたのか、本当に気になりますね。
(미탐 2026/7/25 2:20)


それに対して、中国語で、こんなコメントがついていました。


韓国も同じなんだ…中国だけだと思ってたよ。(Guihuayin 2026/7/25 2:47)


中国学界那种哲学研究(尤其是政治哲学)を見るたびに、思わず笑いたくなる気持ちになります。もちろんそのせいで、ここでは思想史研究(いわゆる研究の空白を埋めるもの)がより流行っていて、ロールズのような規範的哲学はあまり見られないんです。
(Guihuayin 2026/7/25 2:49)


韓国や中国も同じなんだ…日本だけだと思ってたよ。

と、思わず言いたくなりました。


今も飽きもせず「フーコー、ラカン、ドゥルーズ」を繰り返す人文学や出版界。

20世紀半ば、冷戦期の思想を、まだ「現代思想」のように売っている。

この世界的な知的不毛は、いつまで続くんですかね。


それらの研究者は、冷戦時代に「マルクス、フロイト」のような疑似科学をやってた人たちの後裔です。

私は知っている。昔「マルクス、フロイト」をやってた人たちが、「フーコー、ドゥルーズ」に衣替えしたのを同時代に見てたから。


そして、いまだにマルクス主義者たちが前線で発言することをマスコミは許している。「マルクス再興」とか言って。

20世紀から、冷戦時代から、まったく進歩がない。


日本では、浅田彰らの「ニューアカ」によって、この「ニュー赤」をずるずるベッタリと許容してしまった。

国によって事情はそれぞれでしょうが、要するに、冷戦で敗北した左翼人文学が、大学の中で居直り、そのまま居座ったのです。


昨日はこんなポストも見ました。


人文ブームといわれる現在、1980年代の蓮實重彦、柄谷行人、関曠野、豊崎光一、多木浩二、上野昂志、絓秀実、四方田犬彦、丹生谷貴志、松浦寿輝…に匹敵する水準の批評が存在するか、と思うと、批評の失われた40年、という言葉も漏れてしまう…
(アイカワ 2026/7/25 7:09)


私に言わせれば、上にあがった名前の中で、真に重要なのは関曠野の、それも『左翼の滅び方について』だけだったと思う。

冷戦終了とともに「左翼は見事に滅びよ」と言った関だけが正しかった。

しかし、その関も、根っこに左翼的教養しかなく、その後が続かなかった。


上の中国の発言者が言うとおり、その後の思想・哲学は、ロールズに象徴されるような英米系の政治哲学に向かうべきだった。

カントから、ヘーゲルやマルクスのほうに曲がった哲学の筋を、ベンタムとかミルのほうに正すべきだった。

こけおどしの独仏系とは縁を切り、地味だがより堅実な英米系に舵を切るべきだった。

(もちろん、英米系の、いわゆる分析哲学の流れは、今でもアカデミズムで「主流」のはずなんだけど、世間へのプレゼンスは極端に少ない)


私自身は、出版界で、つねにその方向転換を意識して仕事をしていましたが、いかんせん少数派で、力不足でした。

結果、いまだに80年代と同じく福島瑞穂や辻元清美らが政治に口を出すのを眺めていなければならない。

いまだにマルクス主義者をちやほやするマスコミ出版界に耐え続けなければいけない。


上のポストが言う「批評の失われた40年」を身をもって知っている。

時々、ふと我に返り、なんということだ、と思うんですね。


<注>

関曠野の『左翼の滅び方について』(窓社、1992)を知らない世代も増えたと思うので、私の過去記事で、それを紹介した部分を引用します。


私は、冷戦が終わった時、朝日新聞とか、岩波書店とか、東大経済学部とかが、

「今まで騙してきて、すいませんでしたー。私たちが間違ってましたー」

と、国民に土下座して謝るのかと思った。


でも、何事もなく、過ぎていった。

朝日も岩波も、土下座しなかった。

ただひっそりと、朝日ジャーナルが廃刊したり、大学からマルクス経済学講座が消えたり、書店から資本論が取り去られたりした。

なんなら、土井たか子ブームで、ちょっと社会党が伸びたりした(その頃に辻元清美は土井にスカウトされた)。


私は、その無責任さに精神的ショックを受け、寝込んだくらいだ(詳しくは「小説 平成の亡霊」参照)。


日本の知識人への信頼はその時に大方なくなりましたが、唯一共感して憶えているのは、関曠野さんの『左翼の滅び方について』(1992 窓社)でした。


関氏はここで、

「左翼は見苦しく生き延びるな。それでは、左翼が批判してきた天皇制と同じになる。見事に滅びて日本に手本を示せ」

と主張したんですね。


私は二つの意味で、左翼に、「見事に滅びよ」と呼びかける。第一に左翼は、自らをラディカルに反省し批判し責任をとり、死すべき有限な歴史的な存在として見事に滅びることによって、天皇制に象徴される日本の風土ではかつて何者もなしえなかったことを成就し、この風土を変革することができる。(中略)第二に、もし左翼がこの決断を拒否しなりふり構わず生きのびることを選ぶのであれば、彼らもまた近代の日本の天皇制風土の副産物にすぎなかったことになる。
(「左翼の滅び方について」p31)


関の議論の検討は別のところでするとして、1991年に朝日とか岩波とかが、見事に滅びるーーまあ、セップクでもして日本国民に詫びていれば、確かにかっこよかった。

でも、そうならなかった。

この時点で関が予言したように、ほとんど「業界事情」によって、「なりふり構わず」左翼は生き延びることになります。


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