「ゴッドファーザー」を負かした変態ミュージカル「キャバレー」あれこれ
昨日、「参政党と同性愛」という記事を書いて、そこで取り上げた映画「キャバレー」(1972年)にまつわる動画を、あれこれ見てました。
「キャバレー」は、LGBTの天国だった1920年代のベルリンが、ナチの台頭でファシズムに侵されていく様子を描いた映画です。
「オスカー史上最もゲイ的」な映画と言われる「キャバレー」、今の若い人たちは見てるのだろうか。
とかエラソーに言ってる60代老人の私も、この映画をちゃんと知ってるとは言えなかった。
この映画については、その裏話を語った動画が、1年前に公開されて100万回近い再生になっています。
今なお高い関心と、この映画が愛されていることを感じます。この動画などを見て、改めて学んだことなどを書いておきます。
Cabaret & the Seductive Power of Evil(Matt Baume 2024/06/03)
1972年度のアカデミー賞は、「ゴッドファーザー」と「キャバレー」の一騎打ちになりました。
主要11部門にノミネートされた「ゴッドファーザー」が、全部かっさらっていくかと思われましたが、事実上、「キャバレー」の勝利という意外な結果になります。
たしかに作品賞は「ゴッドファーザー」に行ったのですが、監督賞はフランシス・フォード・コッポラではなく「キャバレー」のボブ・フォッシーに、助演男優賞はアル・パチーノではなく「キャバレー」のジョエル・グレイに行き、主演女優賞も「キャバレー」のライザ・ミネリが取りました。(主演男優賞は「ゴッドファーザー」のマーロン・ブランドでしたが、受賞辞退した)
結果、「キャバレー」は、作品賞を取らずに主要賞を最も多く取った映画、という記録を残しています。
「クイア(変態)」の世界を正面から描いたこの映画は、製作者たちにとっても挑戦で、これほどの評価を受けるとは思わなかったようです。
ミュージカルが落ち目になり、キャリアのどん底にあった振り付け師のボブ・フォッシーが、一発逆転をかけた映画でもありました。
そんな「キャバレー」ですが、日本での評判はどうだったのか?
この映画は、1972年8月に日本公開されています。その頃、私はもう物心ついており、映画にも行っていました。
「ゴッドファーザー」の公開も覚えています。でも、私はなぜか、「ゴッドファーザー」のバッタもんのマフィア映画「バラキ」を見に行ったんですけどね。
この72、73年あたりは、映画の当たり年でした。「ゴッドファーザー」「スティング」「ポセイドン・アドベンチャー」「燃えよドラゴン」「エクソシスト」・・
「ポセイドン・アドベンチャー」も見に行きましたが(RIPジーン・ハックマン)、われわれの心をとらえたのは、何と言っても「燃えよドラゴン」でした。
小柄な東洋人が白人をカンフーで打ち負かす映画に、日本では大人も子供も興奮していました。泉谷しげるが深夜放送で、ほとんど2時間「アチョー!」しか言わなかった回などを覚えています。
でも、「キャバレー」の記憶はまったくないですね。
まあ、内容が大人すぎたということはあるでしょうが。
「キャバレー」は、世界的にはそこそこのヒットとなりましたが、この頃の日本の興行収入成績ランキングを見ても出てきません。ヒットはしなかったのではないでしょうか。
「キャバレー」は、イギリスでは、「成人指定された初のミュージカル映画」になりました。
でも、日本では別に成人指定ではなかったはずです。
私自身は、80年代に入って、ビデオで見ました。
たちまち夢中になって、ジョン・カンダーの劇中歌の楽譜を買い集めたりしました。
「キャバレー」は、「完璧」な感じのする映画です。「ゴッドファーザー」を打ち負かしたのも、十分納得できます。
「キャバレー」の超有名なオープニング
「キャバレー」で人気の高い「マネー」の場面
「キャバレー」これまた超有名な戦慄のクロージング
上の解説動画で、私がなるほどなあと思ったのは、1972年というタイミングですね。
公民権運動の50年代や、性と解放の60年代が終わり、アメリカでは保守主義(ニクソン、レーガン)が台頭していた。
アメリカ人は、そういう時代を、ナチス台頭の時代と重ねて見ていたようです。
日本では、そういう時代感覚が、ピンと来なかったかもしれない。大阪万博(初代)とかやってた頃ですからね。
1972年は、戦争終結からまだ30年たっていません。
ヨーロッパでは、まだナチのトラウマがありましたから、この映画のナチの場面のいくつかはカットされて放送されたそうです。
「ユダヤ人ヘイト」のセリフも、ミュージカル版で非難を浴びて削除されていましたが、この映画版では復活させています。
LGBT運動が下火になって、保守化してきた、と言えば、現代もそうですから、改めて「キャバレー」に注目が集まって、おかしくありません。
実際、ほんの2カ月前、イギリスでの今年のミュージカル版動画がYouTubeに上がっていました
Cabaret | West End LIVE 2025(OfficialLondonTheatre 2025/6/21)
もっとも、「キャバレー」は、ミュージカル版と映画版で、かなりの違いがあります。
もともとはミュージカルでヒットして、それが映画化されたという流れですが、映画化にさいして、かなり改変されました。
現在は、ミュージカル版のほうが、映画版の改変を取り入れたりしているらしく、その成り立ちは、なかなか複雑です。
ともあれ、日本では2017年、長澤まさみが主人公「サリー」を演じるミュージカル版が上演されたりしています。
【ゲネプロ30秒】松尾スズキ×長澤まさみ 伝説のミュージカル「キャバレー」が10年ぶりに復活!(エントレ 2027/1/10)
大柄な長澤まさみは、この動画で見る限り、なかなか「サリー」役が似合ってますね。
長澤まさみの前は、真矢みき、松雪泰子、藤原紀香が、ミュージカル版で「サリー」役を務めています。
「MC」は、ジョエル・グレイ一代の当たり役で、ジョエル・グレイは、「キャバレーのMC役のために生まれてきた男」とまで言われてますからね。
ジョエル・グレイは、あとは、「レモ/第一の挑戦」の謎の韓国人役と、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の謎の老人役くらいしかない。
日本で「MC」役は、錦織一清、阿部サダヲ、諸星和己、石丸幹二が務めたようです。
日本でこの役は、全盛期のタモリしかいないと思うけどなあ。やって欲しかったなあ。
ジョン・カンダーの書いた「キャバレー」の楽曲は、「擬似クルト・ヴァイル」のスタイルですね。
クルト・ヴァイルは1920年代のドイツで活躍した作曲家で、ブレヒトとの「三文オペラ」が有名です。
「キャバレー」の曲は、1920年代のクルト・ヴァイルが書いたら、こんな感じになったろう、という曲で、よくできています。
(ちなみに、ミュージカル「シカゴ」の音楽でも知られるジョン・カンダーは、まだ生きています。98歳。)
クルト・ヴァイルが生きた時代、ナチに「退廃芸術(退廃音楽)」として排除された、1920年代、30年代の音楽のありようも、私の関心の対象です。
そういう排除は、ナチス・ドイツだけで起こったわけではなく、ソ連でも起こって、若きショスタコーヴィチが弾圧されました。
マーラーやベルクを先行世代として、彼らの影響を受けたブリテンやショスタコーヴィチは、時代の流れに抗して音楽を作らざるを得ませんでした。
彼らの音楽の「暗さ」や「本心の偽装」は、この時代の影響を生涯引きずったからだと思います。
その弾圧の時代を共にくぐったから、ブリテンとショスタコは、生涯わかり合える親友でした。
ブリテンとクルト・ヴァイルも、同時代の音楽家ですから、若干の交渉はあったようです(それほど親しくはなかった)。
ちなみに、クルト・ヴァイルの有名な妻で歌手のロッテ・レーニャは、ブロードウェイ「キャバレー」のオリジナル版に出演していました。これは、今回初めて知りました。
そのあたりも、これからもっと知りたいと思っています。
ロッテ・レーニャが歌うクルト・ヴァイル作曲の「三文オペラ」(初演1928年)劇中歌「メッキー・メッサーのモリタート(マック・ザ・ナイフ)」
<参考>
