ラインを描くことを求めて:宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』(晶文社)レビュー
濱口竜介監督の新作『急に具合が悪くなる』の原作が同書と知り、興味をもってネット購入。不明を恥じるばかりなのだが、著者お二方の名前に初めて接した。「からだのシューレ」、「文芸共和国の会」という門外漢には詳細窺い知れぬお二人の出会いの場についても深い興味を寄せずにはいられないところだが、この稿ではそれらについては、ひとまず措く。
なにより、お二人がシンポジウムで時空を共にすることで出会い、その偶然がかくも深淵な往復書簡となった奇跡に深く敬意を表したい。学者同士のやり取りながら、平易な言語で交わされる魂の交感には息を呑むばかり。とりわけ九鬼周造の研究で精進を重ねられた宮野真生子氏の、自らの余命を凝視しての九鬼哲学にかかる解題敷衍には深い説得力がある。それを基軸に広範な言説を巧みに抽き出す磯野真穂氏の文化人類学のフィールドワークで鍛錬したと思われる聞き取り力の真摯で機知に富むひと言ひと言の紡ぎ出し方には間然する所がない。
「急に具合が悪くなる」という現実の到来による「モルヒネ摂取生活」は、文字で記されている以上に苛烈、深刻な状況だったろう。そうした現況と向き合いながら九鬼周造の『偶然性の問題』を媒介し互いに強く深いところで自覚し合う運命的な「邂逅」の重厚感が「魂を分け合う」という言葉で刻まれる。そして、その関係性は「ライン」を描く、という字句に進化収斂され、そこに降り立つことが宮野真生子の生きた証なのだと告げられる。その「ライン」を引き継ぎ、慟哭に満ちた「謝辞」を添えてアンカーマンとなった磯野真穂により巷間に差し出された本書は、結果として上梓されたことにより広く多くに受け渡され、未来永劫継承される。誰もに必ず訪れる死と真っ直ぐに対峙し、生きてあることの重みと責任とを熟考、享受するための重要な一冊である。
蛇足ながら、そのラインをしかと受け継いだひとりが濱口竜介である。映画化にあたり、濱口竜介監督は「ユマニチュード」と精神医療改革の象徴的存在であるフランコ・バザーリアの活動を一人芝居に換骨奪胎動員して、宮野真生子と磯野真穂とのニ十通の書簡世界を拡充具現化した。
映画鑑賞前に是非一読されたい。
映画レビューは以下で
https://note.com/kamakurah/n/ne34f7b515e8d
