【長編小説】オーバーライド 第 26 話
《一ノ瀬総合病院》
夕刻の静けさを保っていた病院は、急な停電により一転、大混乱に包まれた。
次々に到着する救急車は、うめき声をあげる怪我人を運び込んでくる。
焦る救急隊員、ストレッチャーを受け入れる看護師。非常用電源が明るく照らしているものの、そのあわただしさを消すことはできない。
病室では、急な停電に患者たちが騒いでいた。
「なんだよ、真っ暗じゃないか」
不満を漏らしたのは、相川だ。だいぶ包帯もとれ、ベッドの上でトランプに興じていた。
「これじゃあ、トランプが見えねぇなぁ」
数人の患者が相川のベッドを取り囲み、勝った負けたと騒いでいた時の停電だ。誰もが舌打ちをして、天井にある電気を仰ぎ見た。
「珍しいなぁ、停電なんて」
「どうせ、すぐに復旧するよ。
AIの時代に停電なんて、あるわけないんだからさ」
一人の患者が笑いながら口を開くと、別の患者も笑いながら答える。
「今頃、病院内は大変な騒ぎなんじゃないのか?
救急車もひっきりなしに来てるようだしな」
窓の外から聞こえてくるサイレンの音に、相川もまた耳を澄ませた。
「本当だなぁ。こんなに救急車が来るってことは、この停電でぶっ倒れた奴がたくさんいるってことだろうなぁ」
「送電線でも切れたか?」
街の様子を知るはずのない彼らは、すぐに復旧するだろうと話しあっている。軽口が飛び交い、誰もがまだ、日常の一部だと信じていた。すると看護師が懐中電灯を照らしながら走ってきた。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
相川がすかさず返事をした。
「看護師さん、どうなってるんだ?」
「停電だと思いますよ。
すぐに非常用電源に切り替えますから、慌てないでくださいね」
慌ただしく言葉を投げると、走り去っていった。
「慌ててるのは、看護師さんだろうになぁ」
相川は楽しそうに黄ばんだ歯を見せると、月明かりに照らしながら、トランプに目を向けた。
「これじゃ、やっぱりできねぇか」
誰もが口角をあげ、再び天井を見上げた。
その頃川端は、難しい手術に挑んでいた。
「な、なんだ! どうしたんだ?!」
「先生、停電です!」
「すぐに非常用電源をつけろ!」
電話に飛びついた看護師は、事務室へと連絡を入れる。しかし電話はつながらず、何の音もしない。舌打ちする川端だったが、しばらくして手術室が明るく照らされ、手術は再開された。だが不安がよぎる。
(停電?……こんなこと、一度もなかったのに?!)
開いた患者の患部に視線を落とすが、唐突な暗闇が川端に冷静さを失わせていた。
「先生、大丈夫ですか?!」
看護師の不安そうな声に、我に返った川端は、大きな深呼吸をひとつすると再びメスを握りしめた。手術室は静寂を取り戻したが、背後に立つAIの瞳は冷たく光り、そんな川端をあざ笑っているように見える。
十時間後、非常用電源が尽き、院内は再び暗闇に沈んだ。
明け方の空はまだ遠く、街は静まり返っている。
院内では、命をつなぐ機械が止まり、苦しみ始める患者たちが後を絶たない。
「先生! 二〇二号室の患者さんが!」
「先生! 心電図が動きません!」
「先生! 呼吸器が止まりました!」
次々に飛び込んでくる知らせに、走る川端はかつてない恐怖に喉の渇きを感じていた。それでも急ぎ、病室へと走り込む。
ただ電気が止まった、それだけで人間は死に怯える――。
同じ頃、院長の一ノ瀬もまた苦しんでいた。
「な、なんなんだ! どうして消えた!」
非常用電源によって復旧したはずの電気。それが再び消えたということは、院内で再度復旧させることはできない。
一ノ瀬はスマホに飛びついた。掛けた先は事務長のスマホ。残り僅かな充電が、相手の存在を引き寄せた。
一ノ瀬は慌てふためき、焦りを隠せない。
「事務長! これはどういうことだ!」
「院長……非常用電源は、十時間が限界です。
最初に電気が消えたのが、十時間前なんです!」
「だから何なんだ!
このままじゃ患者の命が危ないじゃないか!」
「その通りなんですが……」
「電力会社に連絡は入れたのか?!」
「それが、電話が通じないので……」
「だったら、人を走らせろ!」
「それは勿論。ですが、電力会社の方も、どうして止まったのか分からないと言いまして。ただいま、復旧作業に尽力しているということですが……原因が分からないため、かなり時間がかかる見込みだと」
「ふざけるな! 時間がかかるじゃすまされないだろうが!
電力会社に、どんな状況なのか、逐一報告させろ!
人命が掛かってるんだと、教えてやれ!」
そう言うと荒々しく電話を切った。だが、どんなに部下を怒鳴ったところで、電気が復旧されるはずはない。電気が止まれば、人工呼吸器は止まり、無菌室に入っている患者は細菌に侵される。
そうなれば、時間と共に命は消えていく――。
「早く……一刻も早く」
デスクに両手をつき、俯く一ノ瀬は目を見開き、どうしてこんなことが起こるのかと、消えたパソコンを睨みつけていた。
院長室の部屋の隅。
そこに立つAIは、一ノ瀬をじっと見つめていた。 その口元は、誰も見たことのない笑みを浮かべていた。
--------------------------------------------------------------------------------------
★毎日午前中に更新します。
※かめママブログ書庫入り口👇
※小説入り口👇
