【長編小説】オーバーライド 第 24 話
第三章 終焉プログラム
《タクシー運転手 田中雄二》
夕暮れ時、街はまだ昼間の熱を残している。
人々は疲れをにじませ、うつむきながら歩いている。
そんな人間の背後を一定の速さで歩くAIたちは、薄い笑みを浮かべているように見える。
田中はいつものようにタクシーを動かしていた。
「ここは人が多いんだよな……さて、お客さんはいないかな、と」
独り言をつぶやいていたその時、一瞬にして周囲から光が消えた。目に入るのは赤く滲むテールランプ。
それはまるで、世界が瞼を閉じたようにみえた。
「え? なんか今、暗くなったような……」
あたりに目を向けると、ビルの明かりが消えている。突然のことに驚いたのか、店から飛び出してきた人たちは、周囲に目を泳がせている。
「なんだ? 停電か?」
ブレーキを踏み、できるだけ減速して街を見ると、歩行者が立ち止まり、どうしたのかとあたりを見回す姿が映る。ビル上部のモニターは、とりどりの色を消し暗く静まり、生命を断たれたように黙り込んでいる。
「どうしたんだろうな。
昔なら停電なんて珍しくなかったが。
AI時代でも、こんなことが起こるってことか」
軽い気持ちで笑っていると、正面の信号が消えていることに気が付き、急ブレーキをかけた。後ろからくる車がぶつかるかと思った時、すんでのところで止まってくれたらしい。
「はぁ、あぶねぇ……まったく、信号まで消えるなんて。どうなってるんだよ。
この状態で走るなんて、自殺行為じゃないか。
とはいっても、走らなかったら仕事にならんしなぁ」
田中は左右を確認しながら、ゆっくり車を動かす。周囲の車も同様に、周りを気にしながら走行を始めた。誰もがゆっくりと、事故に注意しながらの運転だ。
だが、交差点に差し掛かると、今度は信号のない横断歩道を渡る人の波。歩行者優先とはいうものの、これではいつまでたっても進むことができない。
何度目かの交差点を過ぎ、何とか危険地帯は通過した。そう思っていた時、回避したはずの事故に遭ってしまう。
後方からの衝撃に、田中の身体が大きく揺れ、痛む腰がきしんだのが分かった。
「イッテー。腰痛持ちには堪える衝撃だよ」
すぐに車から出たものの、後方の車も運転席から飛び出し、のんびり走っている田中が悪いと言い出した。さすがに温厚な田中も苛立つ。
「信号が消えてるのに、スピード出せるわけないでしょ?」
「なんで信号が消えてるんだよ?! どうなってんだよ?!」
よほど急いでいるのか、相手は食ってかかってくる。
「それは知りませんよ。あんたねぇ、急いでるのか知りませんけど、怒鳴ったところでしょうがないでしょう?
今、警察を呼びますから」
「なんで警察なんだよ! 俺は早くいかないとならないのに。こんなことで時間を食うわけにはいかないんだ!」
「そうは言われても、事故は事故ですから」
相手は『なんてことだ』と頭を抱え、その場にしゃがみ込んでしまった。車両の列はどんどん増え、クラクションを鳴らすものまで出てくる。これは困ったことになったと思う田中だったが、スマホを取り出した。
しかし、何かが引っかかる。すると、街を歩くAIの顔が思い浮かぶ。あの、笑いを含んだような顔――。
田中は、AIロボットが笑うわけがないと、苦笑いを浮かべ、警察の番号をタップした。
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