【ショートショート】褒め殺し
私は料理が好き。
新鮮な野菜はキラキラと輝き、フライパンは嬉しそうに歌いだす。
皿に盛りつけ、夫が喜ぶ顔を思い描く。
結婚して25年、ずっと夫は満足そうに私の料理を褒めてくれた。
それなのに――。
最近は残してばかりだ。
「美味しくない?」
皿に残った料理を前に、私の口からこぼれる言葉。
夫は焦ったように答える。
「そんなことないよ!
美味しいよ、君の料理は世界一だよ。
ただ、今日は同僚と飲んできちゃったからね」
嘘だ。
以前は飲んで帰ってきても、全部食べたじゃない。
どうして食べてくれないの?
涙が心に雫を垂らす。
ここのところ毎日だ。
まるで、頑張って嘘を消そうとしているように感じる。
私の料理を拒否しているのか?
ふと、脳裏に浮かぶ女という言葉。
浮気しているの?
その女の料理を食べてきたから、私の料理は食べられないの?
ある日義母が来た。
その手には大きなタッパがあった。
「お義母さん、これは?」
「悟が好きなものを作ってきたのよ。
たまには私の手料理を食べさせたくてね」
テーブルには夫が残した料理が並んでいる。
「でも、悟さんはもうお腹がいっぱいだと……」
夫がやってきて、タッパを覗き込んだ。
「あー、俺が好きなものばかりじゃないか!
嬉しいよ、母さん!」
まるで餓鬼のように、それらをつまみ上げると口に放り込む。
破顔する夫。
美味しいと言っては、次々に放り込む。
どういうこと?
どうして私の料理は食べないのに。
疑問が怒りに代わっていく。
25年。
毎日料理を作ってきたのに、何がいけないというの?
夫の味覚が変わったのだろうか?
違うーー。
義母の料理を食べる夫は、味覚が変わったようには見えない。
きっと私の愛情が足りないから。
負けない。
負けたくない。
私はさらに夫の為にと必死になった。
義母の料理を盗み見て、同じように作った。
夫が好きだと言っていた料理を再現した。
だが、夫は箸をつけない。
一口食べて、美味しいよと言いながら席を離れてしまう。
言い訳はいつも同じ。
「お腹がいっぱいなんだよ。
君の料理は本当に美味しいのに、食べられないことが悲しいよ」
夫はいつも褒めてくれる。
表面的な言葉が空気を揺らす。
作っても、作っても、それらはゴミ箱へと吸い込まれて行く。
もうだめだ。
どんなに頑張っても、何も変わらない。
やっぱり女がいる?
もう、私への愛情がなくなった?
もう、ダメダ。
私は夫を愛しているのに?
もう、イヤダ。
ある日私は、料理に一滴垂らした。
隠し味。
これであなたは満足する。
女のところになんて行かせない。
テーブルに着いた夫。
箸を持ち、ため息を吐く。
「あなた、今日の料理は特別なの。
お腹がいっぱいなんて言わずに、お願いだから、食べて」
悲し気な私の顔を見た夫は、
「君の料理は世界一美味しいからね」
と眉を歪めながら言葉をこぼした。
震える箸先に料理を挟み、目をつぶり口に放り込む。
――必死じゃないw
そんなに私の料理がイヤなの?
半分ほどが胃袋に収まると、痙攣する夫の身体が床に倒れこんだ。
「あなたが食べないから、こうなったのよ。
いくら褒めてくれたって、全部嘘。
私は頑張っていたのに。
だから、アナタが悪いの」
小さなため息を吐き、視線を漂わせる。
その時、夫のバックに目が止まった。
「あのバックの中に、あなたの偽りが入っているのかしらね」
浮気の事実を探すように、バックに手を差し込む。
するとそこには、一通の封筒。
「女からの手紙……?」
中から紙を出すと、検査結果という文字。
下へと這わせる視線。
そこには私の名前。
そして――味覚障害の文字。
「味覚、障害……。
私が?」
料理をつまむ夫の顔が思い出された。
苦痛にゆがめながら、口に放り込む夫。
「美味しいよ」
「君の料理は世界一だよ」
夫の言葉が繰り返される。
「そう、そういうことだったのね。
どうして、言ってくれなかったの?
いってくれたら、こんなことにはならかったのに」
横たわる夫の口からは、もう言葉はこぼれてはこない。
「愛していたのに。
本当のことを言わないんだもの。
あなたが――悪いのよ」
私はテーブルに並ぶ料理に箸をつけた。
それはとても美味しく感じたが、間もなく指先が震えだした。
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