【ショートショート】日曜の午後はティータイム
皺だらけの手がアルバムをめくる。
そこには亡き夫と子どもたちの写真。
彼女は小さなため息をつきながら、テーブルに置かれた冷めたコーヒーを口にした。
ページをめくり、過去を旅していた時、彼女の手が止まる。そこには、古びたティーカップを大事そうに、両手に包む夫の姿があった。
「ああ、これは……あなたが骨董品屋で買ってきたカップよね」
写真をなでる彼女の手が、懐かしそうに震えている。
それは、まだ夫が元気だった頃のこと。箱から出したカップを彼女にみせてきた。
「いいカップだろう?
どうせなら、二つ欲しかったんだけど、一つしかなかったんだよ」
夫は残念そうにそう言っていた。
「あなたが使えばいいわよ」
彼女の言葉に夫は顔を左右に振った。
「違うんだよ。これはね、とっても不思議な力があるんだ」
「不思議な力?」
どうみても普通のティーカップだ。彼女は真剣そうに語る夫をじっと見つめた。
「このカップでお茶を飲むと、一日だけ過去に戻れるんだよ」
そんなバカなことがあるはずがない。
だが、夫は骨董品屋の言葉を信じているようだった。そんな夫の純粋な思いを潰すような言葉を、彼女は持ち合わせていなかった。
「そう。だったら、これに紅茶を入れてきましょうか?
戻りたい一日に出会えるかもしれなくてよ?」
「いや、僕は戻りたい過去なんてないよ。
君といる今が幸せなのに、どうして過去に戻る必要があると思うの?」
ならばどうして買ったのだろうか?
「ちょっとおもしろいなと思ってね。
君なら戻りたい日があるんじゃないかと思ったんだよ」
「ないわ」
彼女はそう言って小さく笑った。
「あなたがいる今が幸せ。だから、私も戻りたい過去なんてないわ」
夫は、似たもの夫婦だと笑った。
あれは一体いつのことだったのだろうか。
妻は、台所に行くと棚の奥にしまった箱を手にした。その中には、あのティーカップが入っている。
今なら戻りたい過去がある。
だが、戻れるはずなどないだろう。
そう思いながらも、彼女はカップを洗い、夫との思い出を磨いてみた。
「このカップで飲んだら、本当に過去に戻れるのかしらね」
そんな呟きが漏れる。
その時、時計が優しく響いた。
見れば三時を指している。
「そう言えば、このカップを使って過去に戻るには、決まりごとがあったわね」
空(くう)を見つめ、夫の言葉を思い出す。そこには、いたずらっ子のような夫の笑顔がある。
「これで過去に行くにはね、日曜日の午後三時にティータイムにしないとダメなんだよ。
他の曜日でも、他の時間でもだめなんだ」
おかしなルールだと、彼女は笑ったものだ。
だが、今日は日曜、そして、今は三時。
「あるはずないわよね。過去に戻れるなんてね」
言葉をこぼした彼女は、あるはずはないと思いながらもカップに紅茶を満たした。それをテーブルに運ぶと、カップに口を近づけた。一口を含み、飲み込むと静かに喉を通り身体に染み渡っていくのが分かった。
その途端、部屋の空気が揺れたような気がした。
彼女がカップをソーサーに戻し視線を動かすと、そこには二個の見慣れたカップがあった。カップから上る湯気の向こうには、会いたいと繰り返した夫……。
「あなた……どう、して」
「君がぼくに会いたいと思ってくれたから」
頭に浮かぶ「一日だけ過去に戻れる」という不思議な言葉。あれは本当のことだったのか。
皺だらけの手が夫へと延びる。すると彼女と同じだけ皺のある夫の手が、彼女の手を包んだ。
「これからは寂しくないわ。
だって、日曜のたびに、あなたとデートができるんだもの」
彼女はそういうと、にっこりとほほ笑んだ。
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