「突然の総選挙が日本を脆弱な公約のサイクルに閉じ込める」(日本語完全版)
EAST ASIA FORUM(EAF)に掲載された私の論考ですが、英語で、または翻訳ソフトを使って読んでいただいていますが、より多くの方に触れていただくために、日本語に完全翻訳し掲載致します。
Snap elections lock Japan in a cycle of fragile promises | East Asia Forum
日本の総選挙が2026年2月8日に実施されることが決定した。これは2025年10月に高市早苗首相が就任してからわずか数か月後のことである。高市首相の内閣支持率の異例の高さが、戦術的な根拠となっているが、この動きは実質的な政策成果よりも政治的生存を優先させる日本政治の問題の1つを浮き彫りにしている。
首相就任直後の、自らに有利な状況下衆院解散総選挙を断行することは、長年の自民党の慣行であり、安倍晋三元首相によって「安倍流解散」と呼ばれる戦略的武器へと洗練されてきた。
そして、高市首相は解散権を強力な武器として行使した。自身のハネムーン期間中に解散総選挙を行い、安定した多数派を確保し、日本維新の会のような小規模な連立パートナーへの依存を減らそうとしている。しかしこの戦術的巧妙さは、日本政治に潜むより深い制度的病理を覆い隠している。
日本政治のより根本的な問題は、選挙が多すぎる点だ。過去10年間、ほぼ1~2年ごとに国政選挙が実施され、参議院選挙(半数改選)が4回、首相による解散による衆議院選挙が3回行われた。
この絶え間ない選挙運動状態が悪循環を生む。財政再建や規制緩和など必要だが不人気な改革を政府が試みるたび、次の選挙が迫る。選挙での反発を避けるため、政権はポピュリスト的な支出や人気向上策に回帰する。2017年の衆院選で安倍氏が財政再建・社会保障財源として確保された消費税収入を転用し「教育無償化」制度を約束した事例がこれを如実に示している。
英国は有益な比較対象となる。2011年任期固定化法は首相の解散権を制限することで政治の安定性を制度化しようとした。この制約により2010-15年政権は5年間の財政緊縮プログラムに集中でき、有権者が2015年選挙で実際の政策成果に基づいて政府を評価する基盤が整った。同法は2022年に廃止されたものの、この事例は制度的予測可能性が民主主義の焦点を「公約」から「実績」へ転換し得ることを明確に示している。
日本では選挙の頻発により、民主主義的監視が政策成果の評価から政治的期待の審判へと変質した。政策が効果を発揮する前に有権者は投票を求められ、選挙は実際の成果ではなく新指導者の「新鮮さ」と提示される政治的公約に対する国民投票と化している。石破茂前首相は経済政策で国民的支持を失ったが、選挙による審判を受けることはなかった。世論は高市氏によって都合よくリセットされたのである。有権者は再び、政府が成し遂げたことではなく、これから成し得るかもしれないことに投票するよう求められている。
この絶え間ない選挙運動のサイクルが、日本の慢性的な政治的停滞の特徴である極めて低い投票率の一因となっている。選挙が実質的な政策成果ではなく戦術的計算によって引き起こされる時、有権者はそれを重要な民主主義の礎ではなく、党内駆け引きの産物と見なすようになる。
高市首相は、政府の経済政策の中核となる21兆円(1350億ドル)の経済刺激策を掲げて次期選挙に臨む。この「サナエノミクス」と称される政策は物価上昇対策を目的としている。しかしマクロ経済の観点では、この規模の財政拡大はさらなるインフレを助長する可能性が高い。電子クーポンや現金給付で市場を飽和させることで、政府は円安加速と輸入コスト上昇のリスクを負っている。こうした措置は政治的には人気があるものの、日本経済の構造的弱点を解決する効果はほとんどない。
サナエノミクスは前身の「アベノミクス」を確かに上回っているところがある。アベノミクスが金融緩和に依存した「片足政策」と批判されることが多かったのに対し、高市氏はより強固な成長戦略を打ち出している。人工知能、半導体、量子コンピューティング、宇宙探査を中核とする17項目計画は、衰退産業の延命ではなく新産業育成の意図を示している。
しかし戦略の成功には、長期的な取り組みと、繰り返される選挙サイクルによって損なわれがちな基盤的規制を撤廃する政治的決断が必要だ。残念ながら、高市氏は自身の権力基盤を固めるため、総選挙に向けた国会解散に踏み切ることを避けられなかった。
日本の政治風土はますます「ヒロイン崇拝」に似てきており、高まる国民の期待が経済政策への批判的検証を覆い隠している。高市氏は2月の選挙で求める政治的正当性を確保する態勢にあるが、期待に支えられた勝利は脆弱な基盤の上に築かれる。
日本が長期停滞から脱するには、永続的な選挙運動民主主義からの脱却が不可欠だ。安定した成果重視の統治を実現する制度改革が求められる。有権者が政策成果で政府を評価し始め、首相の解散権が抑制されるまで、日本はポピュリスト的期待と先送りされた構造改革の悪循環に囚われ続けるだろう
