「ひとりでいてかわいそう」は親の思い込み?幼児期の友だち関係で本当に大切なこと
こんにちは、かなえです。
前回は、幼児期の友だちはまずは「一緒に遊びが成り立つ相手」であること、そして大人が感じる「かわいそう」と子ども本人の困りごとは同じとは限らない、というお話をしました。今回はその続きを、幼児期にしぼって見ていきます。
園でほかの子は楽しそうに遊んでいるのに、うちの子だけ少し離れたところにいる。お迎えの時も、誰と遊んだのかがはっきりしない。そんな様子が続くと、不安になりますよね。でも、いきなり「友だちができない子なんだ」と考えてしまうと、見えなくなるものがあります。実は、友だちができないのではなく、遊びの輪への入り方がわからないだけ、ということが少なくありません。
幼児は、遊びをきっかけに友だちになっていく
幼児期の子どもは、大人のように「この子は気が合いそう」と考えて相手を選ぶわけではありません。同じ砂場で遊ぶ、同じブロックをする。そうやって何度も同じ遊びの近くで過ごすうちに、少しずつ「この子とは一緒に遊びやすい」という感覚が育っていきます。
「人見知り」「おとなしい」という言葉でまとめてしまうと、理解がそこで止まってしまいます。実際には、もっと具体的なところで止まっています。入っていいタイミングがわからない、「いれて」が言えない、入れてもらえても遊びが続けられない。表面上は「友だちがいない」に見えても、子どもの中で起きているのは、もっと小さなつまずきです。
園でひとりに見えると、つい「かわいそう」と感じてしまいますよね。でも、本人が落ち着いて遊んでいたり、その日はひとりでやりたい遊びがあったりするなら、それほど困っていないこともあります。
一方で、遊びの近くまで行っては戻るのを繰り返す、入りたそうなのに声が出ずうろうろしている、帰宅後に不機嫌になる。こういう様子が続く時は、入りたいのに入れず、困っているサインかもしれません。大人が感じる「かわいそう」と、子ども本人の「困りごと」を分けて見ることで、必要のない心配を減らしながら、本当に困っている時のサインを見落とさずにいられます。
親が支えたいのは「遊びに入る手前」の小さなステップ
幼児期は、友だちができることより先に、一緒に遊べるようになるための力が育つ時期です。だから家庭で支えたいのも、「早く友だちを作ってほしい」ではなく、その手前にある小さなステップです。
「いれて」が言いにくい子には、家でぬいぐるみを使った短いやりとりが助けになることがあります。「いれて、って言ってみようか」と声をかけ、「いいよ」と返してあげる。それだけでも、実際の場面で言葉が出やすくなることがあります。貸し借りが苦手な子には、おもちゃで「貸して」「どうぞ」「ありがとう」を繰り返すことが役立ちます。
親御さんができるのは、子どもを輪の中へ押し込むことではありません。その子が自分の力で入りやすくなるように、その手前を支えてあげることです。
まとめ
ひとりでいるからすぐに心配、ではありません。その子が困っていなければ、急いで友だちをつくらせなくて大丈夫です。もし入りたいのに入れなくて苦しそうなら、友だち作りを急がせるのではなく、遊びに入る手前を支えることが助けになります。
幼児期の友だちづくりは、「一緒に遊ぶきっかけをつかめるか」から始まります。そこが見えてくると、何を支えてあげればいいかが、自然とわかってくると思います。
なお、「いれて」と言ったら断られた、意地悪された、という場面については、また別の記事で取り上げたいと思います。
次回は、同じテーマを小学生の場合について書いてみます☘️
