【コミックエッセイ】30万円の毛皮より、パソコンが欲しかった。
※これは、今から約30年前。私が28歳くらいだったころの話です。会話部分は、当時の記憶をもとに再構成しています。

今のように、マッチングアプリがなかった時代。
リクルートフロムエーが発行していた『じゃマール』という雑誌がありました。
「売りたい」「買いたい」「友達がほしい」「恋人がほしい」など、個人の投稿を集めた情報誌です。
読者は、雑誌を見て気になった投稿者へ手紙を送ることができました。
私が利用したときは、編集部を経由して手紙が届く仕組みでした。
26歳で離婚した私は、結婚にはあまり夢を持てなくなっていました。
焦って再婚したいとも思っていませんでした。
それでも、一緒に話したり出かけたりできるパートナーはほしい。
そう思って、新しい出会いを求める投稿をしました。
すると、私のもとには数十通の手紙が届きました。
その中から、気が合いそうだと思った関東近県の何人かに返事を書きました。
今日は、そのうちの一人の話です。
写真どおりの、さわやかな営業マン
仮に、その人をAさんとします。
電話で話すと、とても楽しい人でした。
手紙に同封されていた写真も、さわやかな好青年という印象です。

一度会ってみようということになり、カフェでお茶をしました。
仕事が忙しいらしく、時間はほんの30分ほど。
それでも、電話で話したときと変わらず会話は楽しく、こちらの話もきちんと聞いてくれました。
仕事を聞くと、営業マンとのこと。
なるほど。だから会話のテンポがよくて、人の話を聞くのもうまいのか。
背はそれほど高くありませんでしたが、見た目も写真どおりのイケメンでした。
ところが、そろそろ帰る時間になったころ、Aさんが言いました。
「このあと、すぐ仕事に戻らないといけないんだ。
もっと話をしたいから、職場に来てほしい」
「職場って?」
「今、展示会をしているんだ。そこなら、ゆっくり話ができるよ」
そのあとの予定はありませんでした。
それなら、と一緒に行くことにしました。
ただ、心の中では少し引っかかっていました。
――なんか、ちょっと怪しくない?
展示会って、何の展示会?
もしかして、勧誘?
「今日だけ特別」の毛皮のコート
着いたのは、若い女性向けのファッション展示即売会でした。
Aさんは、ファッション系の展示会の企画営業をしていると説明しました。
「今日は若い女性向けの展示会だから、君にも見せたいと思って。ゆっくり見ていってね」
そう言うと、Aさんはスタッフのほうへ行ってしまいました。
――なんだ。本当に職場を見せたかっただけなのかな。
悪い人ではないのかもしれない。
私はひとりで会場を見て回りました。
でも、当時からブランド物にあまり興味がなかった私には、その価値がよくわかりません。
値札を見ると、どれも驚くほど高い。
こんな高いものを、若い女性が買うの?
どんな仕事をしていたら買えるんだろう。
当時の私はフルタイムで働いていましたが、収入はそれほど多くありませんでした。
一人暮らしをするだけで精いっぱい。
洋服も買ってはいましたが、駅ビルのセレクトショップでバーゲン品を選ぶくらいです。
だんだん居心地が悪くなり、帰ろうかと思ったころ、Aさんが戻ってきました。
「何か気になるものはあった? 俺が紹介すれば割引になるよ」
「素敵な商品が多いね。でも、私には似合わないと思う。着ていく場所もないし」
「そんなことないよ。これなんてどう? 似合うと思うな。着てみてよ」
そう言って、私に毛皮のコートを羽織らせました。
「見てごらん。すごく似合うよ」
鏡の前に立ってみました。
――うげ。全然似合わない。
というか、これ、やっぱり勧誘だよね。
早く逃げないと。
「やっぱり、私には分不相応かな。コートだけ上等でも、中に着ている服やバッグで合うものを持っていないし」
コートを脱いでAさんに渡すとき、値札がちらりと見えました。
30万円。
「こんな高級な毛皮、着たことなかった。試着させてくれてありがとう。そろそろ帰ります」
すると、Aさんは引き止めました。
「もう帰っちゃうの? すごく似合うのに。今日だけ特別なんだよ。分割もできるし、明日になったら倍の値段になるのに」
そこで、私の中の疑いは確信に変わりました。
「やっぱり、勧誘するために連絡してきたんですね」
「そんなことないよ」
「悪いけど、30万円のローンを組むなら、私はパソコンを買います」
Aさんは黙って、私を見ました。

当時の私は、小さな広告代理店で働いていました。
グラフィックデザインをしながら、お客さまに広告を提案するディレクターの仕事です。
会社で使っていたのはMacでしたが、1996年ごろはWindows 95が登場したばかりでした。
私は、新しく出たWindowsを自分でも使ってみたいと思っていました。
今のように、パソコンが気軽に買える時代ではありません。
仕事で使っていたIllustratorというソフトも、10万円くらいした記憶があります。
E-mailでのやりとりも、少しずつ広がり始めていたころです。
だから、自分専用のパソコンがほしかった。
パソコンなら、仕事にも使える。
新しいことを覚えれば、自分のスキルにもつながる。

私にとっては、同じ30万円でも、これからの自分に返ってくるお金だと思えたのです。
「パソコンなら、仕事にも自分の勉強にも役に立つから。毛皮のコートを、ローンを組んでまで買いたい理由が私にはありません。何に価値を感じるかは、人それぞれでしょう?」
それでもAさんは、まだ納得できない様子でした。
だから、最後にこう言いました。
「そんなに私に着てほしいなら、あなたが買ってプレゼントしてください」
「……」
「では、さようなら」
私はそのまま、展示会場をあとにしました。

お金の使い方には、その人の価値観が表れる
今振り返ると、かなり怪しい展開です。
会ったばかりの人の職場へ、のこのこついて行った自分にも驚きます。
でも、あの出来事でわかったことがありました。
見た目が好みで、会話が楽しい。
それだけでは、その人のことはわかりません。
そして、お金を何に使いたいと思うかには、その人が大切にしているものが表れます。
高いものを買うのが悪いわけではありません。
毛皮のコートに30万円の価値を感じる人もいるでしょう。
でも、私はそこに価値を感じなかった。
同じ30万円なら、私はパソコンを選ぶ。
見栄を張るためではなく、仕事を広げたり、新しいことを覚えたりするためにお金を使いたかったのです。
今思えば、私は若いころから「これからの自分に役立つか」を考えて、
お金の使い道を選んでいたのかもしれません。
30年前はWindows 95。
今は生成AI。
新しいものを知ったら、自分でも触ってみたくなるところは、昔からあまり変わっていないようです。

その後、私は今の夫と出会いました。
買い物をするときの感覚も、無理をせずに暮らしたいという考え方もよく似ていました。
出会って2か月で再婚を決められたのは、生活の土台になる価値観が近いと感じたからかもしれません。
30万円の毛皮より、私はパソコンを選ぶ。
あのとき、とっさに口から出たひと言には、私がどんな人と一緒に暮らしたいのかまで、すでに表れていたような気がします。
【あとがき】初めてのコミックエッセイ、そのきっかけ
今回、私が初めてコミックエッセイに挑戦してみようと思ったきっかけは、まきさんのこちらの記事でした。
▶︎ "コミックエッセイに挑戦しよう!!|まき@こどもと日々成長中"
「漫画を作る」と考えると、私には少しハードルが高く感じられます。
でも、1コマでもいい。
4コマでもいい。
そう思えたら、私もやってみたくなりました。
※この記事は文藝大賞へ向けた練習として書きました。
そして今回の「まきと須川の文藝大賞2026」は、まきさん、須川元介さん、りっちゃんさんの三人で運営されています。
須川さんのnote5周年を記念して始まった、エッセイとコミックエッセイの企画です。
▶︎ "「私の好きなエッセイ」1000文字エッセイ書いてみた|須川元介さん"
▶︎ "賞金総額5555円!まきと須川の文藝大賞2026やります!|りっちゃんさん"
▶︎ "「まきと須川の文藝大賞2026」公式サイト"
募集期間は、2026年9月1日から9月15日まで。
エッセイ部門とコミックエッセイ部門があり、コミックエッセイは1コマから応募できます。
もし、あなたもコミックエッセイを書いてみたくなったら、三人の記事や公式サイトを参考にしてみてはいかがでしょうか。
「できるかな?」と思った今が、最初の一歩かもしれません。

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