本当は、ちゃんと見ていてほしかったんだよね
ねえ。
「頑張ったね」
と言ってほしかったわけじゃない。
「すごいね」
と褒めてほしかったわけでもない。
ただ、
気づいてほしかった。
ずっと頑張っていたこと。
誰にも言わずに、
我慢していたこと。
誰かのために、
そっとやっていたこと。
泣きたいのに笑っていたこと。
本当は苦しかったのに、
「大丈夫」と言っていたこと。
誰にも言わなかったけれど、
心の中では、
ずっと思っていた。
「誰か、ちゃんと見ていてくれないかな」
って。
見ていてくれる人がいると思っていた
子どもの頃。
頑張って勉強した。
お手伝いをした。
弟や妹の面倒を見た。
迷惑をかけないようにした。
泣かないようにした。
わがままを言わないようにした。
いい子でいようとした。
きっと、
誰かが見ていると思っていた。
「頑張ったね」
と言ってもらえると思っていた。
でも、
何も言われなかった。
また次のことを求められた。
「次はもっと頑張ろう」
「これくらいできて当然」
そんな言葉だけが残った。
だから、もっと頑張った
一度、
認めてもらえなかったから、
もう少し頑張った。
それでも、
気づいてもらえなかった。
だから、
もっと頑張った。
もっと我慢した。
もっと人に優しくした。
もっと期待に応えた。
そして、
いつの間にか、
「頑張ること」が、
自分の存在価値のようになっていた。
頑張っていれば、
いつか見てもらえる。
役に立てば、
必要としてもらえる。
我慢すれば、
嫌われない。
そうやって、
生きてきたのかもしれない。
恋愛でも、同じだった
恋人のために、
相手が喜ぶことをした。
好きな食べ物を覚えた。
疲れている日は、
そっとしておいた。
忙しそうなら、
連絡を控えた。
相手の好きな場所へ行った。
相手の予定に合わせた。
喧嘩にならないように、
言いたいことも飲み込んだ。
そして、
心のどこかで、
思っていた。
「これだけしているんだから、
きっと分かってくれる」
でも、
相手は気づかなかった。
そして、
寂しくなった。
「私は、
こんなにあなたのことを考えているのに」
って。
でも、相手には分からなかった
少しだけ、
苦い話をするね。
あなたがどれだけ我慢したか。
どれだけ相手に合わせたか。
どれだけ傷ついたか。
それを、
相手が全部知っているとは限らない。
あなたは、
何も言わずに頑張っていたから。
相手からすると、
「本人もそれでいいと思っている」
ように見えていたかもしれない。
「どこでもいい」
と言っていた。
「何でもいい」
と言っていた。
「大丈夫」
と言っていた。
だから、
相手には、
あなたが我慢していたことが、
見えていなかった。
「気づいてほしい」は、時に苦しくなる
本当は、
言いたかったんだよね。
「私だって頑張ってるよ」
「少しくらい気づいてよ」
「私の気持ちも考えてよ」
「私のことを見てよ」
でも、
言えなかった。
言わなくても、
分かってほしかった。
それくらい、
大切に思ってほしかった。
でもね。
これは、
とても難しいことなんだ。
人は、
他人の心を読むことができないから。
「見てほしい」と「見せる」は違う
あなたが悪いわけじゃない。
でも、
これから少し楽になるために、
覚えておいてほしいことがある。
見てほしいなら、
少しだけ見せてもいい。
「今日は頑張ったんだ」
「本当はちょっと疲れた」
「これをしてもらえると嬉しい」
「今日は甘えたい」
そんなふうに、
自分の内側を、
ほんの少しだけ、
言葉にしていい。
頑張りを証明しなくても、価値はある
そして、
もう一つ。
誰かに見てもらうために、
頑張り続けなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
誰かを喜ばせなくてもいい。
失敗してもいい。
何もできない日があってもいい。
「今日は何もしなかった」
そんな日があっても、
あなたの価値は、
減らない。
人間の価値は、
成果表みたいに、
毎日更新されるものじゃないから。
「誰にも気づかれなかったこと」がある
あなたが、
誰にも言わずにやったこと。
誰かのために、
そっと譲ったこと。
本当は嫌だったけれど、
場を壊さないために、
黙ったこと。
泣きながら、
笑ったこと。
誰にも見られていないところで、
一人で立ち上がったこと。
それらは、
確かに、
あなたの人生に存在している。
誰かが気づかなかったからといって、
なかったことにはならない。
あのときのあなたを、誰かが見ていたら
もし、
あの頃のあなたの隣に、
誰かがいてくれたら。
「頑張ってるね」
ではなく、
「ずっと見ていたよ」
と言ってくれたら。
きっと、
少し違ったのかもしれない。
「我慢してたんだね」
「本当は嫌だったんだね」
「誰にも言わずに、
よくやっていたね」
そう言ってもらえたら、
きっと、
泣いてしまったと思う。
でも、今なら自分が見てあげられる
あの頃には、
戻れない。
過去のあなたの隣に、
今のあなたが行くこともできない。
でも、
記憶の中の自分を、
今の自分が、
見つけてあげることはできる。
「あのとき、
頑張っていたな」
「本当は辛かったんだな」
「誰にも言わなかったんだな」
「よく耐えていたな」
そうやって、
自分の人生を、
もう一度、
自分の目で見てあげる。
誰かに認めてもらえなかった人生ではない
「誰にも褒めてもらえなかった」
「誰にも評価されなかった」
そう思う日もある。
でも、
評価されなかったことと、
価値がなかったことは、
同じじゃない。
見つけてもらえなかった才能。
気づいてもらえなかった優しさ。
評価されなかった努力。
それらが、
存在しなかったわけじゃない。
ただ、
誰かの視界に、
入らなかっただけ。
だから、もう一度言うね
あなたは、
ちゃんと頑張っていたよ。
誰かに言われなくても。
賞状がなくても。
拍手がなくても。
結果が出なくても。
あのときのあなたは、
そのときの自分にできることを、
ちゃんとやっていた。
それを、
今のあなたが、
見つけてあげよう。
そして、これからは「見てもらう」だけじゃなく
これからは、
少しずつ、
自分のことを見せてもいい。
「これが好き」
「これは嫌」
「今日は疲れた」
「本当は嬉しい」
「本当は悲しい」
「私はこうしたい」
「私はこう思う」
誰かに分かってもらうために、
大きな声を出す必要はない。
小さな声でいい。
少しずつ、
自分を外へ出していけばいい。
「私のことなんて誰も見ていない」
そう思う日もあるよね。
でも、
そんな日にこそ、
一つだけ、
探してみてほしい。
今日、
自分がやったこと。
今日、
誰かに優しくしたこと。
今日、
頑張ったこと。
今日、
逃げずに向き合ったこと。
今日、
自分を守るために、
断ったこと。
小さなことでいい。
それを、
自分で見つける。
そして、
「よくやった」
と、
自分に言ってあげる。
少しだけ、厳しいことを言うね
誰かに、
「気づいてほしい」
「分かってほしい」
「認めてほしい」
と願い続けていると、
自分の人生の評価を、
他人に預けることになってしまう。
誰かが褒めてくれたら、
自分には価値がある。
誰かが見てくれなければ、
自分には価値がない。
そんなふうになったら、
苦しいよ。
だから、
誰かに見てもらうことも大切。
でも、
最後には、
自分が自分を見つけてあげる。
そこへ、
少しずつ戻ってこよう。
あなたにしか分からない努力がある
誰にも話していないこと。
誰にも知られていないこと。
あなたしか知らない、
あなたの頑張り。
それは、
誰かの評価がなくても、
ちゃんと存在している。
だから、
今夜だけでもいい。
少し静かな時間を作って、
自分に聞いてみよう。
「私は、今まで何を頑張ってきた?」
すぐに答えが出なくてもいい。
一つずつでいい。
「あのとき、
あれを頑張ったな」
と思い出してみよう。
あの頃のあなたへ
誰にも、
気づいてもらえなかったね。
頑張っても、
当たり前だと言われた。
我慢しても、
誰も知らなかった。
優しくしても、
それが当然になった。
泣きたい日にも、
笑っていた。
「大丈夫」
と言っていた。
本当は、
「誰か気づいてよ」
って、
思っていた。
でも、
言えなかった。
だから、
今のあなたが、
言ってあげよう。
「私は見ているよ」
「あなたが頑張っていたこと、
ちゃんと知ってるよ」
「誰にも分からなかった日も、
私は分かってあげるから」
最後に
ねえ。
本当は、
ちゃんと見ていてほしかったんだよね。
褒めてほしかったわけじゃない。
特別扱いしてほしかったわけでもない。
ただ、
「あなたのことを、
ちゃんと見ているよ」
そう言ってほしかった。
頑張っていたこと。
我慢していたこと。
誰かを大切にしていたこと。
一人で泣いていたこと。
何度も立ち上がったこと。
全部、
見つけてほしかった。
でも、
もし今まで、
誰にも見つけてもらえなかったものがあるのなら。
もう、
「誰かが気づいてくれるまで」
待たなくてもいい。
あなた自身が、
見つけてあげればいい。
「ああ。
私、こんなに頑張っていたんだ」
そう気づいた瞬間、
長い間、
誰にも届かなかったあなたの心に、
ようやく、
あなた自身の光が、
当たるから。
そして、
これからは、
誰かに分かってもらうために、
自分を消さなくていい。
「何でもいい」
ではなく、
「私はこれがいい」
と言っていい。
「大丈夫」
ではなく、
「今日はちょっと疲れた」
と言っていい。
「あなたに合わせるよ」
ではなく、
「私はこっちが好き」
と言っていい。
自分を見せることは、
わがままじゃない。
あなたという人間を、
相手に知ってもらうことだから。
そして、
もし誰かが、
あなたの小さな変化に気づいてくれたら。
「今日は元気ない?」
「何かあった?」
「いつもと少し違うね」
そんな言葉をかけてくれたら。
そのときは、
少しだけ、
心を開いてみてもいい。
「うん。
実はね……」
そこから、
新しい関係が始まることもあるから。
最後に、
一つだけ。
今日まで、
誰にも見つけてもらえなかったあなたの頑張りを、
今夜は、
あなた自身が見つけてあげてください。
そして、
そっと言ってあげよう。
「私は、ちゃんと見ているよ。」
誰にも褒められなかった日も。
誰にも気づかれなかった夜も。
誰にも分かってもらえなかった痛みも。
私は、
ちゃんと見ている。
あなたが、
今日まで生きてきたことを。
ここまで頑張ってきたことを。
そして、
今こうして、
自分の心と向き合っていることを。
ちゃんと、
見ているよ。
だからもう、
「誰かに見つけてもらわなきゃ」
と、
必死にならなくてもいい。
あなたの人生を、
あなたが見つけてあげればいい。
そしていつか、
あなたのことを、
ちゃんと見てくれる人に出会ったら。
その人の前では、
もう少しだけ、
素直になってみよう。
「嬉しい」
「悲しい」
「寂しい」
「怖い」
「好き」
「嫌だ」
「これがいい」
そんなあなたを、
見せてみよう。
あなたは、
隠れていなくていい。
頑張っているふりをしなくてもいい。
誰かの期待を満たさなくてもいい。
そのままのあなたを、
誰かに見てもらっていい。
そして何より、
あなた自身が、
あなたを見失わないで。
あなたは、ここにいる。
ちゃんと生きている。
ちゃんと感じている。
ちゃんと頑張ってきた。
そのことを、
今夜は、
あなた自身が、
見つけてあげてください。
